平成30年7月14日~16日

 

檜倉山

 

 

 

下から登って頂に立つことを登頂と言うのは当たり前のことですが、それがなかなか難しい山がいくつかあります。

 

この檜倉山について朝日岳に登ってから高度を下げて檜倉山頂に立った場合は厳密に言えば登頂したことにならず、言うなれば下頂したことになってしまいます。

 

できれば登頂したいと思っていたので、ちゃんと下から登って行く計画を立ててみたのですが、それが残雪期かせめて梅雨入り前の雪が残っている時期ならそう難しくないものと思われます。

 

しかし、檜倉山にはどうしても夏に登ってみたいと考えていて、そうなるとやはり朝日岳から向かわざるを得ないと考えました。

 

沢を伝って行ったのでは趣旨趣向が変わってしまいますし、自分自身の達成感も大いに違ってくるでしょう。

 

できるのもなら藪尾根を伝って登頂にこだわりたいところですが、あの草原に囲まれた檜倉の池の畔で見る原風景は登山者として最大の贅沢であり、私自身が今まで見てきた多くの素晴らしい山々の景色を凌ぐほどであろう美しい夏の檜倉山の情景をどうしても一目見たいと思い、不本意ではありましたが、朝日岳を経由して檜倉山へと行ってきました。

 

 

 

おそらく檜倉山へは一泊で行くことができると思うのですが、梅雨が明けて天候が不安定な時期に、しかも今年の場合は異常な暑さが伴っているので、一応2泊の装備で向かいました。

 

14日の清水集落は早朝に雨が降り、歩きはじめる頃には止んでいましたが道路や下草はぐっしょりと雨で濡れておりました。

 

生い茂った笹に覆い尽くされた登山道は雨の滴で光っていて、清水峠避難小屋に着く頃には下半身のみならず上半身までずぶ濡れになっておりました。

 

これから向かう朝日岳から大烏帽子山方面は黒いガスが充満しており、今にも雨が落ちこぼれてきそうです。

 

「最悪の場合はここで停滞だ」と考えて清水峠避難小屋で「どうせ誰も来ないだろうと」パンツまでびしょ濡れになった私は服を脱いで、濡れ物を干すと、少し仮眠をとりました。

 

1時間程して小屋の狭い入口から顔を出すと、谷川岳方面に青空が広がっているように見えます。

 

パンツ1枚のまま慌てて外に飛び出してみると、朝日岳はまだ黒い雲に覆われていましたが、先ほどに比べて天気はかなり回復しており、雲の切れ間から時折射す陽射しがパンツ1枚の素肌に突き刺さります。

 

暑くなる前に厳しい朝日岳までの登りを終えたいと考え、急いで身支度を整えて出発しました。

 

朝日岳はまだガスの中なのに時すでに遅く、激しい太陽の照り付けに清水峠からの手強い登りに体が悲鳴をあげます。

 

どうにかこうにか朝日岳に辿り着く頃には、雲はすっかり消え、朝日岳の草原は夏の陽射しに輝いておりました。

 

このまま檜倉山へ向かおうと、まずは最初の大烏帽子岳に向かってみたのですが、そちらの側はまだ黒い雲がかかっており、視界がすこぶる不良ということで、無理せず朝日岳近くまで戻り、まだ昼過ぎではありましたが、かなり斜めの場所に無理やりテントを張って初日の行動を終了しました。

 

今思うに、ナルミズ沢源頭部まで行ってテントを張れば良かったと思います。

 

 

 

そして翌日、今日は朝から盛夏の日差しが強く照り付け、体力的には大変な一日になることは明々白々であり、それなりの覚悟を持って歩く必要がありました。

 

 

 

朝日岳から大烏帽子岳までの区間はジャンクションピークから少しの間だけ笹薮となっておりますが、すぐに明瞭な踏み跡が現れ、登山道と同じように歩くことができます。

 

特に苦労することなく登ることができた大烏帽子岳の山頂は狭く、ゆっくり休憩することができません。

 

山頂を越え灌木の藪の中に薄らと残る踏み跡を辿って広々とした気持ちの良い草原帯へと降り立てば、ようやくここでゆっくり休憩をすることができます。

 

時刻はまだ朝の6時前なのに陽射しは時間を追うごとにどんどん強くなっていき、もはや暑いというより痛いといった状況になっております。

 

草原帯の末端に立ち檜倉山から柄沢山へと奥に広がる秘境の景色を見ていると、静けさの中に大いなる自然を感じることができ、このような情景を目の当たりにしてしまえば普通に道のある山には登れなくなってしまいます。

 

巻機山や朝日岳に象徴されるようにこの区間は丸みを帯びたなだらかな山容の山々が連なる中で、この大烏帽子山は岩場の鋭鋒となっており、異彩を放っております。

 

大烏帽子山は主として群馬県側の呼び名だったそうですが、新編日本山獄誌によると以前に国土地理院5万分の一地形図に間違ってここを朝日岳と印刷して問題になったことがあったとのことです、新潟県側は以前ここを越後朝日岳、あるいは朝日の一本松と呼んでいたそうで、それが間違いの原因だったのかもしれません。

 

結局、小暮理太郎氏によってここを群馬県側の呼称である大烏帽子岳とする案が出され、岳会に承認され事なきを得たとのことでした。

 

 

 

目指す檜倉山にはいくらか近づきましたが、先はまだまだ長く、ゆっくりしていられません、いよいよここからが核心部となります。

 

大烏帽子岳から大きく下りますが、笹薮混りの灌木の中を喘ぐように進み始めました。

 

それでも最低鞍部付近までは薄く踏み跡が付いていて、一応その踏み跡に沿って歩きます。

 

踏み跡といっても、ほぼ普通に藪歩きではありますがとりあえず灌木を避けるようにつけられているようなので、あまり細かくルートを考えずに歩けるだけでもマシなようです。

 

ところが最低鞍部付近から踏み跡はすっかり無くなり藪の薄くなっている辺りに検討をつけて進んで行かなければなりませんが、良くて背丈以上の笹薮の中、悪ければ灌木帯の中に入ってしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまう有様。

 

 

 

先の見えない藪の中をしばらく我慢して進んでいると、ほんの少しずつですが檜倉山が近づいてきます。

 

「あと少し、あそこまで行けばきっと草原帯だ」と思って進むも、どこまでいっても背丈以上の笹薮か隙間の無い灌木藪のどちらかです。

 

やがて目の前にようやく檜倉山の草原帯が現れ、そしてリュウキンカ咲く花園の一角に出て、そして花園を進めば湿地帯となってほどなく檜倉の大池湖畔へと出ることができました。

 

池の畔は今までの苦労をすべて忘れさせてくれるほどの別天地となっており、誰もいない山頂はとても静かで、聞こえるのは風の音だけ、ここは秘境中の秘境であることを実感します。

 

夏の陽射しが降り注ぐ山頂には、そよそよと流れる風が心地よく爽やかさを運んでくれます。

 

草原に囲まれた山頂大池には周囲の山々が映えてとても見事な景観を作り出しています。

 

私自身、これほど綺麗な景色の山は他に思い当りません。

 

そんな檜倉山にようやく訪れることができ、いつまでもここに居たいと思いました。

 

帰りたくなくなった私ですが、でも帰らなくてはなりません、時間の許す限りこの景色を心の中に焼き付け、随分と長居をしてから下山に取り掛かりました。

 

そして夕刻間近に迫る朝日岳へと無事に戻ることができました。

 

 

 

今回は成夏の檜倉山にこだわってしまい、不本意ではありましたが大藪に恐れをなして下から尾根を登らずに朝日岳から下頂してしまいましたが、いつか機会を見て登頂をしたいと思います。

 

 

 

ジャンクションピーク 1時間20分 大烏帽子岳 2時間30分 檜倉山 2時間50分 大烏帽子岳 1時間40分 ジャンクションピーク