平成29年10月9日

 

桝形山(奥三面)

 

 

 

本題に入る前に、今年の門内小屋の管理人の話を少しだけさせていただきます。

 

 

 

今年は盛夏に雨が降り続いて、飯豊のみならず多くの山域で山小屋管理人さんからは嘆きの声が聞こえてきました。

 

飯豊に関しては例年の半分もいかないほど訪れる登山者は少なかったようです。

 

小屋に荷上げされたビールは売れ残り、秋も深まってきたというこの時期に管理棟内には多くのビールがケースに入ったまま積まれておりました。

 

そんな折、9月23日~24日に門内小屋の管理人を務めてきましたが、夏の反動からか秋の登山者の入りはまずまず好調のようで紅葉の始まった飯豊にも多くの登山者が訪れているようでした。

 

水場が近く、小屋も比較的綺麗な頼母木小屋と梅花皮小屋に挟まれ立地する門内小屋は水場が遠いうえ、盛夏には枯れることさえあり、また飯豊では一番老朽化が進んでいるということもあってか両隣の小屋よりも若干ではありますが宿泊客は少ないようです。

 

それでもその日は小屋泊8人とテント5人の人たちが訪れてくださいました。

 

そんな小屋泊客の中に単独で登ってきた女性がビールを買いに来てくださったのですが、飯豊で単独の女性は結構珍しいので興味を持った私は、彼女を呼びとめいろいろと話をしてみました。

 

するとその方は驚いたことに女性の割に珍しく私と話が合う方でした。

 

自分で言うのも何ですが私はこう見えても山に関してはかなりの硬派であります。

 

彼女も実に硬派な山登りをされる方だったようで、特に人の多い山は嫌いだとか、道の無い山が好きなようで、地図の片隅に書いてあるような誰も見向きもしないような山の話などで会話が弾みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女は雪野さんといって「ゆらりゆらりと山歩き」というブログをされているので、そちらも訪問してみてください。

 

 

 

山小屋の管理といった仕事は大変なことが多くある半面、いろいろな登山者と出会えるといったような楽しいこともたくさんあります。

 

 

 

それから門内小屋の管理人に関しては私が入っていない時に私を訪ねてくださった方が何人かおられたようで、せっかく来てくださったのに申し訳ありませんでした。

 

お会いすることが出来ず残念に思います、来年度は私が管理人として入る日が決まり次第ここでお伝えさせていただきます。

 

 

 

さて、ここから本題に入ります。

 

今回、訪れた桝形山は朝日連峰の北部に位置する山で、知る人ぞ知る秘境中の秘境の山であります。

 

 

 

朝日連峰は今でこそ多くの登山客が訪れるようになり、盛期の主稜線には多くの登山客で賑やかになります。

 

もともと朝日連峰は飯豊以上に山深くて自然が多く残されているところですから、そんな人で賑わう主稜線から一度外れようものなら、どこまでも続く山深さに圧倒され、剥き出しの自然に圧倒される、未だにそんなところが多く残されているところだと思います。

 

 

 

朝日連峰の秘境と言えば化穴山などは有名どころであろうかと思いますが、化穴山は以東岳にほど近く、奇妙な山名からも人気が高く、しかもマイナー12名山にも選出されたこともあって、あまりに有名になりすぎて俗化の道を辿っているようです。

 

そんな化穴山からさらに北部に聳える桝形山は巣戸々山と並んで朝日連峰最奥の秘境として簡単には訪れることが出来ない、人知れず聳える屈指の秘峰であろうと思います。

 

 

 

その桝形山には私自身、数年前に大鳥集落側から白岳を経由して残雪期に訪れております。

 

しかし私は奥三面から訪れたいとずっと思っておりました。

 

やはり奥三面からの方が自然や山深さといった醍醐味を強く感じることができると思っていたからです。

 

 

 

私は今年、奥三面の山々をいくつか訪れておりますが、それら山々の山行記録をホームページには掲載していません。

 

しかし、この桝形山に関してはなかなか訪れることは難しいと思ったので掲載をしようと思いました。

 

 

 

奥三面からのルートとしては必ずどこかで猿田川を渡らなければ桝形山への尾根に取付くことができないので、以前に松浜の羽田さんから聞いていたルート、それから中条の亀山さんからもルートを教えてもらっていて、朝日スーパー林道の白目沢に掛る橋の右岸側から猿田川に下降し、川を渡渉して正面から延びている尾根へと取付くルートを選択しました。

 

 

 

猿田川はこの時期になると長靴で渡れる程度の水量になるので特に問題ありませんでした。

 

すぐ向かい側の尾根の取り付き場所は崖状になっていますが鉈目が多く見られ、人が入っていることが伺えました。

 

崖を切り抜けると見事な踏み跡が現れ、登山道の無い山なのにすいすいと歩くことが出来ます。

 

登山道が無い山は、通常だと踏み跡があるような場合でも整備されていないので木の枝などに掴まりながらでないと歩けないものですが、ここは手を使わず足だけで進むことができました。

 

「ずっとこんな調子だったら簡単に登頂してしまう、困ったなあ、面白くないなあ」なんてことを考えながら進んでいきました。

 

 

 

小さな支尾根から主尾根に登り立ったところでようやく双耳峰の桝形山が見えるようになります。

 

双耳峰の山容から酒を飲む枡の断面の様な形が見受けられ、そこから桝形山と名付けられたことがうかがえます。

 

 

 

また、この主尾根分岐点には朽ちたブルーシートが散乱していて、熊打ちの人たちがここまで来ていたことが分かります。

 

 

 

さて、少し近づいてきた山頂ですが、付近には黒い雲が浮かんでいて、この先の天候が気になります。

 

雨が降る前に登頂してしまいたいと思いながら主尾根を進み始めますが、日当たりの良い尾根は木々に勢いがあり、とうとうここから灌木帯の藪歩きとなりました。

 

尾根の頂陵部は日当たりが良くて木々が密集していて、とても歩くことが出来ません。

 

登り進行方向の右側は概ね崖となっていて、ここも歩行は無理です。

 

左側には一応の踏み跡が見られますが、それはほとんど消えていて一部のみ確認できる程度のものでした。

 

その踏み跡を確認しながら歩くにも、木々が覆いかぶさり非常に歩きにくくなっているような状態の中、先に進めば進むほど藪は濃くなりもがき苦しむようになります。

 

さっきまでの楽勝ムードは一変し「こんなことでは登頂は無理なのではないだろうか?」

 

実は明日、飯豊に作業のため登らなければなりません、ここで体力を使い果たしてしまうわけにいかないので、非常に残念でありましたが、まずは無理せず行けるところまで行こうといった考えに切り替えざるを得ないといった状況になってしまいました。

 

 

 

登頂はほぼ諦めていたのですが心のどこかで淡い期待を抱いていたように思います。

 

「もしかしたら県境尾根まで達すれば県境調査のため過去に道が切られて、少しは歩きやすくなるかもしれない。」、「せっかくここまで来たのに、仕切り直すのも大変だ」。

 

様々な葛藤を抱きながら、やがて辿り着いた県境尾根で私の淡い思いはたちどころに吹っ飛んでしまいました。

 

いっそうと日当たりの良くなった県境尾根はすっかり灌木に覆われ、しかも最も恐れていた蔦まで出はじめるようになり、今まで散見された踏み跡はまったくなくなってしまいました。

 

山頂は間近に見えているのに歩けど歩けど近づいてきません。

 

「せめて幻の池だけでも見て帰ろう」そう思って進むと、やがて灌木が切れ、草付広場が広がるピークへと達しました。

 

幻の池を見下ろす草付の山頂は夏になると高山植物も咲いていそうなところです。

 

「次回はここでテント泊をしたらゆっくり来られるだろうなあ」なんて考えながら一息つきました。

 

いよいよ間近に迫ってきた桝形山を見ていると、どうにもここで戻る気にはなりません。

 

明日の飯豊は普通に登山道を歩くだけだし何とかなるだろうと判断し、それから日没にも間に合わないかもしれないが、最後はゆっくり気を付けて帰れば何とかなるだろうと考え、踏み跡がまったく無くなった尾根を脛や腕を擦りむき枝や蔦は足や体にからみつき作業着は引っ張られ腹や背中が露出し、ズボンは半分落ちて半ゲツ状態になりながらも必死で藪と格闘し、ニセ山頂を二度も踏まされたのち、ようやく灌木と草に囲まれた山頂に立つことが出来ました。

 

足や腕は青あざと傷だらけになり、腹と尻半分を出しながら辿り着いた山頂はとても価値のあるものでした。

 

時間があれば双耳峰のもう一方の山頂を踏みに行きたいところですが、もはやガスで覆われ景色も見ることができず、日没前にできるだけ下っておきたかったということもあって、とりあえず登頂といった目的を果たすことが出来たので、山頂には僅かな時間しか留まりませんでした。

 

おそらく僅か10分間程度だったと思います、私は名残惜しむように山頂に寝転がりました。

 

もしガスがかかっていなかったら桃源郷がそこにはあったことでしょう、本当はもっとゆっくりしていたかったし、付近も散策して見たかった。

 

しかし時間も体力も限界でした。

 

 

 

残念ですがもう戻らなければなりません、苦労の末にようやく辿り着いた秘境ともお別れです、狭い草付広場に寝転っていた私は大地の息吹を思いっきり感じ取ってから起き上がると、ガスの湿気で濡れた葉っぱが私の腹や尻にたくさん貼り付いておりました。

 

 

 

帰りは雨にうたれボロボロになりながらもヘッデン歩きはギリギリ回避して車へと戻ることが出来ました。

 

 

 

いくら考えても調べても何の本だったか思い出せなかったのですが、確か三面の郷土誌だったか地誌といった書物を読んだ時に書かれていた記述のひとつに、相模山にはサガミ様という神様が祀られていて、かつて奥三面集落の人たちは狩りの途中でも相模山を見ると手を合わせていたとのことで、相模山から奥は聖地としていて、立ち入ることは決して許されなかったとのことです。

 

狩りの途中で獲物が相模山の奥に逃げ込んだ場合は決して、追いかけるようなことはしなかったそうです。

 

大井沢集落の猟師たちも相模山は三面集落の狩場として立ち入ることはしなかったとのことです。

 

 

 

また、相模山のサガミ様にまつわる記述は「羽越国境の山村」という本に詳しく書かれていたのを見つけたので、その一部を抜粋してみます。

 

サガミソ(相模沢)には(サガミサマ)相模大権現が白髪老人の姿となって現れ、ここに入ると不思議な事件や凶事が起こるという伝承が残っている。

 

それは「サガミソに入るとケガをする」、「雪崩にあい行方不明となった」などである。

 

そんなことから以前に地形図の測量のため参謀本部が奥三面の人たちに山の案内を頼んだものの相模沢には案内されず、朝日山地の地形図は相模沢付近は不正確なところが多かったとのことです。

 

 

 

ところが私は今回、奥三面集落に伝わる禁忌を侵し、相模山の奥地に聳える桝形山へと行ってきてしまいました。

 

今日のところは何事もなく下山することができましたが、明日からは作業のために飯豊を訪れなければなりません。

 

すっかり夜のとばりが降りて暗くなった朝日スーパー林道は、先ほどの雨も止んで月の光に煌々と照らし出されております。

 

私の腹や尻に貼りついていた葉っぱも夜露に濡れてキラキラと輝いています。

 

車まで無事に辿り着き、ホッとした私は罰が当たらぬようにと相模山に向かってそっと手を合わせました。

 

 

 

 

 

朝日スーパー林道白目沢 10分 猿田川渡渉点 6時間 桝形山山頂 5時間40分 猿田川渡渉点 10分 朝日スーパー林道白目沢

 

(休憩時間等すべて含む)