黒姫(旧入広瀬村、現魚沼市)

 

平成29年3月20日

 

 

 

新潟県には黒姫山という名前の山がいくつかあります。

 

黒姫とは奴奈川姫の別名で、青海町(現在の糸魚川市)の黒姫山山麓にある福来口の鍾乳洞に生まれ住んでいた神様で、水の神様ということです。

 

後に出雲の主祭神であるオオクニヌシノミコトと結婚したとされ、糸魚川ではヒスイ文化を伝え、南魚沼地方では織物技術を伝えたと云われる神様です。

 

 

 

また黒姫は巻機山とも密接な関係にあり、巻機山の山麓で機織姫が信仰され、この機織姫もまた黒姫と同じ人物とされています。

 

新潟県境にほど近い長野県の黒姫山しかり、機織りが盛んだった地域の信仰神として黒姫が祀られ、崇められていたものと思われます。

 

 

 

雪国では気候的に蚕養が盛んに行われ、豪雪のため外に出ることが出来なくなる冬期間に女性たちは織物作業をしていたとのことです。

 

黒姫と言う女性の神様が山中から郷に下りてきて機織り技術を山麓民に教えたとの説が伝えられているところでありますが、奇妙なのは巻機山麓に残る機織姫伝説で、この機織姫は片目であるということです。

 

いろいろな文献からしてもこの黒姫と言う女性の神様は片目が潰れているようです。

 

 

 

日本の山々には片目のお化け伝説などといった話が多く残されておりますが、それらの伝説は鉱物資源が多く採取された地域の山麓に言い伝えられ、残されてきた伝説のようです。

 

これは金属を生成するのにタタラ師という人が熱く燃えたぎった金属を注視することにより片目が潰れてしまうといった、いわゆるタタラ師の職業病からきているもののようですが、それら片目伝説がある山麓には金属の神様が居られたのではないかと思われます。

 

昔は金属といった鉱物資源は非常に貴重な物であり雪国の織物と同様に山麓民の生活を支えていたようです。

 

 

 

そんなことから黒姫と云われる神様は、元々は糸魚川で水の神様として生まれてヒスイ文化を伝えたとして崇められておりますが、南魚沼地方では機織りの神様と金属の神様の両方を兼ね備え、そして山麓民に信仰されていたのではないかと思われます。

 

 

 

それでは今回訪れた魚沼(旧入広瀬村)の黒姫も新潟県各地に聳える黒姫山やあるいは巻機山と同様に奴奈川姫が関連した山なのでしょうか?

 

この黒姫は守門岳のすぐ近くにある山でいわゆる守門岳の裏山にあたるものと思いますが、賑わいを見せ、記紀ノ神を主祭神とした守門大明神が祀られ、山麓民の信仰が厚かった守門岳とは違ってひとたび裏山に聳えるこの黒姫のこととなると特に奴奈川姫が崇められていたような形跡はなく、それ以前に山に辿る道ですら無く、人知れず聳えるような山になってしまっています。

 

だからといって隣の南魚沼地方や糸魚川で信仰された黒姫が、この魚沼地方に同じ山名があることについてとても偶然とは思えません、何らかの関連性はあるのではないでしょうか。

 

 

 

それでは山行文に入ります。

 

冬期休業中の浅草山荘の入り口駐車場付近に車を止め約500mほど車道を歩きます。

 

県道の橋を渡るとすぐに林道に下り、そしてまたすぐに橋を渡ります。

 

それにしても入広瀬村の積雪は尋常ではありません、道路脇に切り立った雪の壁の高さを測ってみると高いところで3.5mもありました。

 

さすが東洋一の大雪庇が形成されると云われる守門岳山麓ですが、残雪期にその大雪庇を見にたいと思い、人の多い守門岳ではなく黒姫に行きたいと以前から思っていました。

 

しかし黒姫も守門岳ほどではないのでしょうけれど山スキーヤーが入山しているということで、スキーヤーと一緒に登るのもちょっと嫌だなと思って後回しになっていた山でした。

 

私もスキーは持っているのですがせいぜい林道歩きなどの移動手段に使っている程度で、滑走を楽しむ目的では使用しません、というか技術的にできません。

 

従って私にとってスキーは怖いのでスノーシューで行かざるを得ませんでした。

 

 

 

スキーの場合は尾根を辿るより沢を辿るケースが主であろうと思います、そこで登れそうな尾根を調べますが、どこもかなり厳しそうです。

 

そこでまずはスキーヤー同様に上黒姫沢から入って、できればすぐに沢を越えて上黒姫沢と下黒姫沢の間に派生する尾根を辿ろうと考えました。

 

しかし上黒姫沢を渡れそうなところが見つからず、諦めてそのまま沢を進みます。

 

昨日のものでしょうか沢伝いにはスキーのトレースがあり、ラッセルはかなり緩和されます。

 

結局、そのままスキーのトレースに乗っかって上黒姫沢源頭まで来てしまいました。

 

スキーのトレースはこの源頭付近で終わりましたが、今朝まで積もった新雪は深く、ここまでトレースがあったということは非常に助かりました。

 

それに今日はまったく人の気配がありません、スキーヤーと一緒にならなくてこれまた良かったです。

 

厳冬のピークからは手に取るように間近に黒姫が聳えております。

 

その黒姫を仰ぎ眺めながらなだらかで広い尾根に悠々雪原歩行を楽しめますが、稜線手前の登りから急登となります。

 

膝まで潜るラッセルに苦しみ、しかも時折ガスが湧いてきて自分の足元しか見えなくなる時もあって進路が分からなくなり、非常に苦労しながら何とか稜線へ出ることができました。

 

しかしここからが最大の難所となります、稜線に着いた頃からガスが晴れたことはせめてもの救いでした。

 

稜線尾根は広くなく季節風の影響でとんでもない形をした雪庇が形成されています。

 

時には今にも崩落しそうな雪壁を登り下りし、時にはクレバスに怯え、一歩一歩慎重に進むためなかなか目指す黒姫が近づきません。

 

切り立った斜面に風にまかれて尖った雪庇、そこに足を置くとドッと雪が斜面を雪崩れていきます。

 

慎重にじわじわと歩を進めるほかありませんでしたが、そんな難所もようやくクリアし、平坦で大きな黒姫の山頂に辿り着くことができました。

 

まるで平ヶ岳を思わせるような山頂は遮るものが無くどこまでも見渡すことが出来ます。

 

生憎、守門岳や浅草岳はまだガスの中でしたが誰も居ない黒姫を思う存分満喫することができました。

 

こんなに良いところ、スキーとスノーシュー二刀流でまたいつか訪れたいと思いました。

 

 

 

純白に輝き、なだらかで美しく、まるで御姫様のような女性的な山頂。

 

ここに黒姫が祀られていたとしても何ら不思議ではないと思いました。

 

 

 

それでは最後に柳田国男氏著書の日本の伝説から。

 

巻機山へ狩猟のため入った地元猟師が道に迷い、帰り道を探していると、機織姫と名乗る片目の女性が現れて、おんぶして連れて行ってくれたら道を教えると言う。その代わりおんぶしている間は絶対に振り向いてはいけないと約束させられる。

 

しかし猟師は後ろを振り向いてしまい、この猟師も片目になってしまったそうです。

 

終わり。

 

 

 

コースタイム

 

浅草山荘駐車場 10分 林道入り口 30分 林道終点 3時間 稜線 1時間05分 山頂 55分 稜線 1時間40分 林道終点 30分 林道入り口