5月2日~4日
三つの朝日岳、荒川源流周回
五味沢~桧岩屋山~袖朝日岳~西朝日岳~大朝日岳~祝瓶山~五味沢
荒川を挟んで対峙する飯豊連峰と朝日連峰はその山容が非常に似かよっていることもあり常に比較されています。
いろいろな冊子類などを見てもいつもこの二つの山域は一緒くたにされている場合が多いようです。
確かにあの厳しい登りやたおやかな稜線などは飯豊朝日特有と言ってもいいほど他の山域には見られず、それだけでも十分に同じような山だと思われて当たり前のことだと思います。
ただ何度も通っているうちに明らかな違いというものも多く見つけることができます。
どちらも日本を代表する素晴らしいところで、ダイナミックな中に繊細さを兼ね備えた景観は他の山では到底見ることができません。
うまく言葉で表現できませんが飯豊はよりダイナミックであり、朝日はより繊細であると感じます。
また原始性では明らかに朝日連峰の方が勝っており、自然の神秘を感じるには日本国内随一の山域であろうと感じている次第であります。
どちらも日本海気候の影響を大きく受けていて桧やトドマツといった針葉樹林帯が欠如し、そのお蔭で森林限界が非常に低くなっており、南北に長い飯豊は北部で1400mほど、南部では1700mほどで森林限界となるようです。
朝日連峰に関しては低いところですとおそらく1100mほどで森林限界になります。
どちらも日本一の豪雪地帯に位置しておりますが朝日連峰の森林限界となる1100m程度の標高では概ね5月の連休までに残雪は無くなっているところがほとんどです。
5月の連休頃に朝日連峰を訪れようものなら裾野が長く低山帯が続く尾根は雪が解け落ちた森林限界区間が長々と続き、それらは笹薮と灌木帯となって訪れる登山者を拒み続けます。
私自身、朝日連峰で春の陽射しを浴びた灌木や笹の洗礼は何度も身を持って体験しており、それは多くの痩せ尾根に支配され早々に雪が落ちる五味沢側や三面側で顕著に現れているように思われます。
私自身、特に春先は残雪を利用して飯豊朝日周辺の山々やバリエーションルート歩いておりますが最初はどうしても有名ルートを歩きがちで、厳しいルートが自身の未踏として残ってしまっておりました。
この連休は五味沢集落から桧岩屋山に登って袖朝日、西朝日、大朝日といった三つの朝日岳を登って祝瓶山を通過して五味沢に戻るといった、いわゆる荒川源頭を周回するコースを歩いてきました。
実はこのルートは去年の連休に巣戸々山から袖朝日岳に向かおうとしたところ末沢川を渡渉することができず敢え無く敗退、去年の5月末頃には桧岩屋山経由で袖朝日岳まで行こうとしたものの今度は大藪で敗退しており、私にとっては連敗中のところであります。
できることならもう一度巣戸々山から袖朝日に向かうルートを選択したかったのですが、今年はまるで夏の様な異常な暑い日が続いて末沢川の渡渉は無理であることは明白でした。
それならば桧岩屋山越えルートに方針を変えて、再び私の五味沢シリーズ挑戦が幕を開けたのでした。
この二連敗中の鬼門ルート、果たして踏破できるものか、今年は異常なほどに気温が上がり雪解けが進んでいるといった悪条件の年であります。
だからといって安易に有名バリエーションルートに方針を変えたくはありません。
このルートいつかは踏破しなければなりません、私自身ただただ挑戦あるのみでした。
ところがです!週間予報を見ると5月4日と5日の天候が芳しくありません。
山行日程は二泊三日の予定です。
私の休みは5月3日からなので、これでは2日目と3日目は悪天の中の山行となってしまいます。
そもそもあんなところ天気の悪い時などとても歩くことなどできるものではありません。
ここは天気予報が変わることを祈るしかありませんでした。
連休が近づくにつれ日々週間予報をチェックし、必ず変わると信じて山行準備をすすめていると、突然私の携帯に実家から電話がかかってきました。
電話の内容は入院していた祖父が亡くなったということでした。
今後の予定では4月30日通夜、5月1日に葬式です。
会社には5月2日まで休暇届を出しました、忙しい私ですが社長が休んでもいいと言うのだから仕方ありません、本当は仕事がしたかったのですが残念です。
5月1日の葬儀が終われば、あとはそれほどやることがなくなります。
しょうがないから5月2日から山に入ることで日程を変更しました。
5月2日と3日が晴天予報なので仮に4日に天気が崩れても最終日は下るだけ、この山行は爺ちゃんが置き土産として私にプレゼントしてくれたものと思い、この度はありがたく入山させてもらうことにしました。
5月2日
眠い目をこすりながら五味沢林道に到着、昨日の爺ちゃんの葬儀の余韻が冷めやらぬ中、いよいよ山行がはじまります。
この時期、林道はまだ開通しておりません、しかしマタギの人たちが出入りしているので吊り橋は何とか渡れる程度に板がかけられております。
最初の吊り橋を恐る恐る渡るとすぐに小沢を渡渉しますが川が増水していて渡れません、渡渉点のすぐ近くに倒木があり、マタギの人たちはここを渡っているようです。
私もそれにならって倒木を渡りましたが、登山靴では滑りそうで冷や汗をかきながらようやく倒木を渡りきりました。
そして二つ目の吊り橋を渡っていると「今日は何か揺れるな」と思いながら後ろを振り返るとマタギの人たちがぞろぞろと吊り橋の上を歩いているではありませんか。
「ひえっ怖え!」そう思いながらも揺れる吊り橋を何とか渡り終えたところでマタギの人たちに「どこに行くのか?」と尋ねられ「桧岩屋山経由で朝日連峰に行きます」と答えると「では桧岩屋山山頂に着いたら大声で叫んでくれ」と言われました。
冗談で言ったのでしょうけど、ようするに熊を驚かしてマタギの居るところに追いやってくれといいたいのだろう。
去年、ここでマタギの人と会った時に桧岩屋山に行くことを話すとその時はニヤニヤしながら「そんなとこ行くと熊に頭かじられっぞ」と言われたのを思いだします。
やはりこの辺は山深いですからね、さすが朝日連峰、きっと熊も多いのでしょうね。
桧岩屋山までは何度か来ているので概ねルートは把握していて、古い踏み跡や鉈目はあるものの嫌と言うほど大藪が続き、しかも痩せ尾根のところが多いので残雪はまったく望まれない、桧岩屋山までは終始藪歩きに徹しなければならないことは十分に承知しているところでありました。
しかしいざ歩いてみるとやはり辛い、まるで真夏のような太陽に照りつけられ随分と体力が消耗させられます。
桧岩屋山からは残雪を拾えるようになるのでそこまで我慢、藪にもがき苦しみながらとにかく桧岩屋山を目指しました。
遠くこれから辿る尾根を眺めると、尾根のすぐ脇の急な壁状になった部分にひび割れしながらも、それほど不安定さは感じないほどに残雪が着いております。
しかしその急な雪壁は少し危険に見えるので使えそうにありません。
「こりゃやはり桧岩屋山まで藪漕ぎが続くな」と思いながら、その雪壁の脇まで辿り着くと、藪から逃げるように自然と私の体は雪の上に降り立ちました。
そしてアイゼンとピッケルでアイスクライミングよろしく雪が無くなるところまで登りきってしまいました。
これでかなり距離を稼ぐことが出来ました。
桧岩屋山はまだ遠く聳えておりますが、さっきより随分と近くなりました。
山頂手間には大きな岩屋があり、その岩の模様がはっきりと分かります。
再び藪漕ぎが始まり、しばらく喘ぎながら進むとようやく山頂手前の岩屋に到着。
岩屋の脇には大きな残雪の塊があって、その雪塊から美味しそうな融雪水がしたたり落ちています。
それをすくってどのくらい飲んだでしょうか?腹いっぱいに水分を取り、ちょっと元気になった私は間近に聳える桧岩屋山へとほどなく到着することが出来ました。
桧岩屋山からはしばらく藪から解放され残雪上を歩けるようになります。
風当たりの強いところでは少々の藪が出ていたもののようやくスムーズに歩を進めることができるようになったところで今日の行動はここまで、1377m峰の先の高度1400mほどの見晴らしの良いところを選んでテントを設営しました。
ここから先は残雪と藪が交互に現れます。
ここから見える尾根は強風に晒される北斜面側で、雪はまったく着いていません。
見えない南側斜面側にどの程度雪が残っているものか、前回訪れた5月後半の時は南斜面側にまったく雪が残ってなく敗退しました、その時に比べると少し雪が多いように感じます。
やがて遠く巣戸々山付近に夕日が落ちて行き、辺りは太陽の光から月灯りのシルエットへと変わっていきます。
今晩はライトが必要ないほど明るい夜です。
私は月の灯りに照らし出された山々を眺めながら「この先多くの残雪があってほしい」と願って寝床に着きました。
5月3日
今日も予報は晴天で春先とは思えないほど暑い日になりそうでした。
太陽に照りつけられる前に少しでも先に進んでおきたいところです。
それから藪の状況が気になります。
北側斜面の藪を乗り越え南側斜面を見渡すところまで来ると、細々とではありましたし、途切れ途切れにもなっていましたが、雪庇の名残が斜面にへばり付いておりました。
少し頼りないところもありましたが崩落やクレバスに気を付けながら残雪上を歩きました。
残雪が途切れると藪の中を歩きますが、これがまた酷い!
しばらく雨が降らず乾いた灌木や笹は少し触れると砂埃が舞いあがります。
体はドロドロに黒くなり口や鼻の中は泥や砂でじゃしじゃししています。
そんな藪と心細い雪庇を交互に歩きながらようやく一番目の朝日岳に着きました。
朝日連峰には四つの朝日岳がありますがこの袖朝日岳だけが主稜線から外れたところに聳えている孤高の名峰であると思います。
この草付広場になった頂上に寝転がりしばし目を閉じると、今までの苦労が報われていくような気がします。
心地よい風がそよそよ吹いて、藪と格闘してきた私の体は癒されていきます。
小一時間も眠ってしまったでしょうか、そろそろ行かなければなりません。
簡単に訪れることができないこの桃源郷ともお別れです、重い体をやっと起し再び藪の中に身を投じました。
次の目標は二つ目の朝日岳である西朝日岳、そこまで行けばあとは登山道を辿るだけ、もうひと踏ん張りです。
かなり前のことになりますが私は西朝日岳から袖朝日岳の区間を往復歩いております。
確か6月のことだったと思いますが、この区間は体が入る隙間が無いほどびっしりと灌木に覆われていて、どうしてこんなに重なり合うように木々が生えるものか不思議に思えるほどでした、しかも距離的にも意外に長くて通過には困難を極めたことを思い出しながら先に進みました。
長い藪歩きと暑さで消耗しきった体にあの時の様な藪歩きは致命傷になりかねません、この先ところどころ黒々とした灌木帯が見え隠れしており予断が許されない状況が続きます。
小さなピークを越えると今まで見えなかった斜面が見えてきます、藪を大きく迂回してできるだけ残雪を利用し、藪漕ぎを最小に進めるようあれこれ思案しながら歩きました。
相変わらず山ではあまり食べなくて済むので腹周りは痩せてきてズボンが落ちて短足になってしまいます。
短足になると木々を乗り越えるのに苦労するうえ、尻が半分出てきて木の枝がパンツの中にまで入り込み痛いです。
食べなくて済むというのはバテて食欲がないということでなく、ちゃんと腹は減るし食欲もあるのですが食べなくても特に何とも思わないというか、面倒くさいというか、無理に食べる必要がないといった感覚はどう説明すればいいか私にもわかりません。
ちなみに今日の昼食はコンビニのおにぎりを半分くらい食べて残しました。
あれほど動いているというのにそりゃあ短足半ゲツにもなるわけですよね。
ズボンが下がらないよう緩んだベルトを締め直したところ、ズボンのベルトループの間の部分が垂れ下がってきて、特に前のチャックの部分が大きく下がりやがてチャックが開いてきて、半ゲツは無事に解消されるものの今度は半チンになります。
チンが枝に刺されると困るので、仕方がないですが半ゲツに戻して歩きました。
自分の背丈以上ある笹薮を泳ぎ、灌木の隙間に体を捻じ込み密藪と格闘しているとやがて数時間前まで遠くに見えていた西朝日岳へと続く大きな雪面が突然目の前に広がりました。
ここまでくればもう大丈夫、この雪野原は快適な山歩きを約束してくれます。
これでやっと藪から解放された私は、悠々西朝日岳へと至りました。
雪の上には足跡が付いています、久しぶりに人跡に遭遇した私は嬉しい反面悲しくもなりました。
これからは登山道があるという安堵の気持ちと、一人静かな山歩きはこれで終わりという複雑な心境にかられましたが、やはり静かな一人歩きの方が良いということが私の気持ちの中では勝っていたようで、人の多くいる大朝日小屋は簡単に挨拶だけ済ませて今日三つ目の朝日岳である大朝日岳を越えて早々に平岩山へと下りました。
平岩山に着いた時点で時刻は5時半を過ぎています、いい加減に疲れました。
夕暮れ間近、一匹の狐が平岩山の脇をうろうろと歩いているのが見えます。
化かされてはまずいのでもう少し先まで行って雪渓の上にテントを張って夜を迎えました。
5月4日
今日は普通に登山道を歩いているだけでちゃんと帰ることができますが、祝瓶山まではかなり距離があります。
午後から天気が崩れる予定なので先を急ぐも昨日までの疲れと暑さによりバテバテでなかなか先に進めません。
休憩する頻度が増え、一度休むと起き上がるまで大変です。
予定より大幅に時間がかかってしまいましたが、苦しい大玉山や祝瓶山への急登を越え、今にも降り出しそうな雨と競争しながらようやく針生平まで下山し、そして再び怖い吊り橋を渡って今回の山行は終わりをむかえました。
雨は少しパラついた程度でまったく心配ありませんでした。
車に着くと駐車場には多くの県外ナンバーの車が停まっています、山菜取りや釣り人のようです。
その人たちは泥汚れで真っ黒になりボロボロ状態、さらに半ゲツ姿の私を見て不思議な顔をしておりました。
帰りの温泉で服を脱ぐとボロボロと木の葉や枝、虫などが体から落ちてきました。
湯舟に浸かると顔や手が日焼けしてヒリヒリしましたが日焼けなのか木の枝が刺さったかは分かりませんが、思ったとおり尻もヒリヒリしておりました。
これが半チンだったらどうなんだろう?日焼けしてもここはもう皮の剥けようがないですね。
今回、無事に鬼門のルート歩き終えることができました。
しかし朝日連峰には朝日岳が四つあって、今回は小朝日岳に行かなかったので三つの朝日岳になってしまいました。
四つ行けなかったことは少し心残りでありますが、数年前に日暮沢から小朝日岳を登り大朝日岳~西朝日岳~袖朝日岳をピストンして竜門山から日暮沢に下山したことがありました。
袖朝日岳には下から登頂したのではなく上から下山して訪れたのですが、どうあれこの時に四つの朝日岳を歩いております。
「今回は三つだが、前に四つ歩いているし、今回は祝瓶山にも登ったから十分じゃないか」自分にはそう言い聞かせて納得するようにしました