平成26年4月27日~28日

 

鳩待峠~倉ヶ岳~赤倉山~平ヶ岳~景鶴山~尾瀬ヶ原~鳩待峠

 

 

 

 

 

例えば「私はトレランをやっています」あるいは「私はクライマーです」なんて横文字で言われるととても格好良く感じます。

 

しかし「私は山を走っています」や「私は岩男です」なんて日本語で言われるとちっとも格好良く思えません。

 

登山形態も多様化しているところでありますが、それら海外で発祥したものは格好良い横文字と小奇麗でカラフルな服装などその洗練されたスタイルに憧れる方々も多いみたいです。

 

 

 

それにひきかえ藪山登山はどうでしょう。

 

おそらく日本独特の山の登り方で、もちろん横文字で表現されることなどなく、木や枝あるいは笹薮の中などをもみくちゃになってドロドロになりながらボロ雑巾のようになって歩く姿に憧れるような人は相当特殊な方だと思われます。

 

 

 

そもそも藪山登山と言う言葉が良くないと思いますし、この藪山という言葉が結構な誤解を招いているような気がして仕方がないのですが・・・。

 

だいたい藪山登山と言いますが好きこのんで藪の中を歩いている人はほとんどいないと思います。

 

皆さんに聞いてみたわけではありませんが、おそらく大半の方は行きたい山があるのだが、たまたまその山に登山道が無かったというだけのこと。

 

できれば道がついていれば一番良いのですが、まあそれは無理としても、少しでも行程を楽にするために地図には載っていない踏み跡を探して歩いたり、春先や秋の藪の薄い時期を選んで行くようにしているようです。

 

一般に公開されている普通に道のある山々は近年の登山ブームとネットの時代により情報が溢れております。

 

しかし道の無い山々はほとんど情報が無く、未知の世界がそこに広がっていて、そこを探訪することに楽しさを見出しているわけで、決して単に藪歩きを楽しんでいるわけではないのです。

 

 

 

さてさて、山行の話に移ります。

 

私自身、ここ最近はそんな未知の山々に憧れて普通の登山からは足が遠のいてしまっておりました。

 

しかし今回の山行はちょっと趣向を変え、尾瀬の鳩待ち峠から一般道をほんの少しだけ外れて尾瀬ヶ原を周辺を散策するといったコースを巡ります。

 

やはりここでも8割方登山道はありませんが、多くはないのでしょうけれど残雪期に人が入っているところであり、情報もそれなりにあるところです。

 

私にしては普段の厳しいというか超マイナーな山々の山行に比べたら非常にメジャーな山行であり、登山道が無いというもののトレースなどの人跡はあることでしょうし、私にとっては登山道が有るものと等しいようなところであります。

 

しかもこのルートには100名山の平ヶ岳、300名山の景鶴山、そしてマイナー12名山の一角である赤倉岳が含まれており、ここに関してはトレランやクライマーのように華麗にお洒落な都会的な登山ができるところだと思って向かうことにしました。

 

 

 

このルート、実は去年のゴールデンウィークの頃から目論んでおり、一年越しでの計画でした。

 

当初は4月27日から29日にかけて2泊で予定しておりましたが、29日が雨予報に変わり28日も怪しげな雲行きです。

 

そこで29日は予備日にして、無理やり一泊の予定に変え、特に晴天予報の27日はできるだけ多く歩くといった計画にしました。

 

これは私がもっとも得意とする?ボロボロの汗だくになりながら必死で歩く、いわゆるボロ雑巾走法を駆使する計画です。

 

とにかく「初日は朝5時半から夕方5時半まで12時間、できるだけ休憩せずにしかも急ぎ足で歩く」そんな計画にしましたが、かなり無理のあるぎゅうぎゅう詰めの計画で、本来はこんな計画立ててはいけません。

 

それにここは都会の山だから今回は私も華麗に美しい山歩きをしたいと思っているところです。

 

いろいろ考えた結果、この度の登山は汗をかくようなことはせずに美しさ重視ということで、行程は変えませんが汗が出そうならあとで変更することにして、とにもかくにも「まあ無理せず行けるところまで行こう」といった感覚で登山口の鳩待峠へと向かいました。

 

 

 

私がいつも登っている飯豊や朝日と違って、こちらの山に登るときはまず駐車場の心配をしなければいけません。

 

「鳩待峠の駐車場は満杯でなければいいのだが・・・」もし満杯なら下の駐車場に車を止めてタクシーで向かうことになるかもしれません、そうなるとタクシーの運行時間の都合により歩き始めはおそらく8時近くになってしまい、その時点で早くも予定が崩れてしまいます。

 

 

 

尾瀬戸倉まで来ると「鳩待峠駐車場満杯」の立札が数か所に見られます。

 

それでも駐車場まで行ってみると、5台分ほど駐車スペースが空いていて何とか止めることができました。

 

その後も何台もの車が鳩待峠駐車場にやってきては駐車スペースを探しているようでした。

 

時刻は夜10時、暗がりの中で明日の準備する人や談笑している人、あるいは駐車した車の脇で宴会をしている人等、すでに多くの登山者で賑わっております。

 

私は明日の山行予定を踏まえて、早々に寝袋に潜り込みますが、ここの標高は1600mもあり、寒さのお蔭で眠りに着くまでしばらく時間がかかりました。

 

 

 

4月27日

 

まだ薄暗い中、人の話し声で目が覚める。

 

トイレに向かう足音も頻繁に聞こえ始める、まるで山小屋の中にいるようです。

 

静寂を破られた私は仕方なく寝袋から這い出し、朝食を食べ始めます。

 

それからゆっくりと準備をして、予定通り5時半から歩き始めました。

 

駐車場から山ノ鼻と言う尾瀬ヶ原の入り口へは下り主体で高度は200m近くも下がってしまいます。

 

山ノ鼻には数件の宿泊施設が建ち並び、テントも10張以上見られます。

 

皆さんここを拠点として尾瀬を散策されたのでしょうけれど、私はここからあまり人が足を踏み入れない方向に進みます。

 

雪上には足跡が薄らあるようですが、とにかく広い平原の中を雪代で濁っている猫又川沿いに進んで行けば間違うことはありません。

 

この猫又川に沿って至仏山側を忠実に歩き、頭上の倉ヶ岳やスズヶ峰方向に延びている尾根をどれか適当に選んで登ります。

 

今回は倉ヶ岳山頂に延びている尾根を選んで登りましたが、他にも登れそうな尾根はあります。

 

 

 

倉ヶ岳までの登りは短く、あっという間に山頂に到着、あとは広くゆるやかに登る尾根をまずはスズヶ峰に向かって進み、スズヶ峰の山頂手前に来たところで荷物を置き、サブザックに変えて赤倉岳に向かいます。

 

赤倉岳へは唐松林に覆われた長い坂を下りてから今度は急な長い坂を登らなければなりません。

 

どこまでも広い雪原で危険な場所はありませんが、今回のすし詰め山行計画でとにかく時間がありません、美しい登山をしようと先ほどまで思っていたのですが、歩き始めればすでにいつもの自分になっています。

 

荷物が軽くなったということもあり、猛スピードで赤倉岳の斜面を登り、登りきるとその先は一転して痩せ尾根となり、雪がズタズタに切れ落ちた歩きにくい尾根となり、その先に赤倉岳山頂が聳えております。

 

と言っても距離が短く、特に難しさは感じず簡単に赤倉岳山頂に立つことが出来ました。

 

マイナー12名山に名を連ねている赤倉岳ですが、これから訪れる100名山の平ヶ岳や300名山の景鶴山などに比べると華やかさはなく、この連休には誰も訪れていないのでしょう、そこにはまるで人を拒むかのように熊の足跡だけが雪上に標されておりました。

 

 

 

倉ヶ岳からスズヶ峰あるいは景鶴山に続く尾根は唐松に覆われていて森林限界が無いといった感じですが、この赤倉岳山頂手前はブナの低灌木帯となっていて日本海気候の影響下にある山々の雰囲気があります。

 

華やかな尾瀬の奥に忽然と聳える赤倉岳は僅かに残された静かな名山、尾瀬の奥座敷といった風情がありました。

 

 

 

さらに驚いたことに山頂手前のブナ灌木帯には明らかに人の手によるものと思われる道が付いていて、こんな山奥に誰が何の目的で付けた道なのか考えさせられました。

 

人が生きていくうえで山は大事な糧であり、その糧を与えてくれる山々を人は崇めました。

 

山菜や猟をするため、あるいは資源採掘のために山に入ったという歴史はどこの山にでもあることのようですし、あるいはかつて人々が往来した峠道などが残っている場合もあるようですが、この赤倉岳山頂付近に付けられた道もそんな歴史に刻まれた道なのでしょうか?それとも近年に誰かの手によって何らかの目的でつけられたものなのでしょうか?

 

 

 

この静かな山頂でゆっくりしたかったのですが、今回の強行日程では感慨に浸っていることができません、早々に下山を開始し、時間との戦いが私の中で再び繰り広げられます。

 

ところがスズヶ峰に戻る頃、あまりに急ぎすぎて自分がバテていることに気が付きました。急いだつけがここにきて急激に現れ始めます。

 

重い荷物に喘ぎながら夏になるとスズタケが多く自生するという広いスズヶ峰山頂まで来るとテントが2張ありました。

 

 

 

このテントの主の物だと思いますが、今まで薄かったトレースがここからはっきりとしたトレースに変わりました。

 

私はいつもトレースがあるとがっかりするのですが、正直なところ今回はもうバテバテ状態だったのでトレースを頼って歩けることには大助かりでした。

 

テントに人の姿は見られずそのまま通過し、スズヶ峰からは一旦大きく下り景鶴山分岐に向かって登り返しが始まります。

 

ここで2パーティの方々とすれ違いました、おそらくテントの主の方だと思われます。

 

山中で久しぶりに人と会いました、山中で人と会うのは今年初めての出来事でした。

 

 

 

バテた体を騙し騙しようやく景鶴山分岐に辿りついたのは12時30分、まだまだ時間的に平ヶ岳を往復するには十分です。

 

 

 

ここもまた静かな唐松の樹林帯となっていて、平らな広い稜線にはテントが2張見られますが、ここの広大な敷地には数百ものテントが張れそうです。

 

木々の間からは左側にこれから向かう白沢山と平ヶ岳、右側には明日のルートとなる景鶴山と手前に聳える大白沢山が見え、広い樹林帯の山稜のなかでも何となく進む方向が分かります。

 

 

 

平ヶ岳に向かう前に、食欲はありませんが朝から何も食べていないので、パンをひとつ食べてから再びサブザックに変えて歩き始めました。

 

するとすぐに平ヶ岳を往復してきたと思われる6人のパーティとすれ違いました、分岐のテントの持ち主のようです。

 

 

 

ここからはトレースで穴ぼこだらけになった雪上を、ただひたすら遠くに一際大きく聳える平ヶ岳に向かって歩き続けるのみ、すでに体は疲労困憊となり足は筋肉が緊張し続けていて、もうどうにかなりそうです。

 

苦しみながらも白沢山を越え、日本庭園に雪が積もったような素晴らしい景観で、ここはまさに尾瀬の奥座敷といったところを通過して、どこまでも広い雪原の平ヶ岳に何とか到着し、山頂には疲れのあまり30分も休憩してしまいました。

 

こんなに晴天の下で本当は気持ち良く広大な尾瀬周辺の山々を歩けるところなのに、今回はまるで訓練登山とでも言いましょうか、とにかく苦しく忍耐を要する登山となってしまいました。

 

それにやはりトレースが付いていると達成感は半減するもので、ここ最近の山行の中では一番苦しく、そして思ったほど感動が少ない山行となってしまいました。

 

 

 

そして再び景鶴山分岐まで戻ると、ピッタリ予定通り夕方5時30分。

 

丁度12時間の歩程がようやく終わりました。

 

 

 

テントを張って、越後三山方面に赤く染まった落日を眺めてから、静かなテン場に夜の帳が降りました。

 

寝袋に潜ってから、足が攣りはじめ激しい痛みになかなか眠ることができませんでした。

 

 

 

4月28日

 

昨日、頑張ったお蔭で今日の歩程は大変に楽になりました。

 

心配していた天気も曇り空でありますが雨が落ちてくる様子はありません。

 

ここから大きくどっしりと聳える大白沢山へと向かいますが、山頂へは行かず大白沢の池側を巻きました。

 

大白沢の池は尾瀬の懐深い秘境の中の幻の池として有名です。

 

そんな幻の池も残雪期に訪れることは案外容易なものです、少し回り道になるので畔までは行きませんでしたが、もし次回に訪れる時は大白沢の池の畔でテントを張りたいと思いました。

 

 

 

大白沢山を過ぎると遠望の利かない樹林帯の中を歩きますが、相変わらず広い尾根なので道に迷いそうになります。

 

陽射しによりトレースは解けて無くなり、出来れば最短で景鶴山まで行きたいのですが、どこをどう歩いているのかさっぱり分かりません。

 

それでも何となく歩いていると眼前に景鶴山の岩峰が立ちはだかり、左側に岩峰を巻くように付けられたトレースのあるところへと無事に出ました。

 

私はトレースを無視して岩峰の直登を試み、細長い景鶴山頂の一端に出てみました。

 

しかし痩せ尾根の岩峰が連続しているところに唐松の枝が張り出し、このまま頂稜に沿って歩くことはできません。

 

結局、左側を巻いたりしながら山頂へと至りました。

 

 

 

景鶴山山頂は狭く、10人ほど立つといっぱいになりそうです。

 

ところがさすが300名山に数えられているだけあって、多くの登山者で賑わっておりました。

 

静かな山旅をと思って計画したのですが、景鶴山の賑わいには少々驚かされました。

 

 

 

景鶴山からあとは眼下に広がる尾瀬ヶ原に向かって下りますが、下るルートはどこでもよさそうです。

 

適当に歩きやすいところをヨッピ橋に向かって下れば、ここで今回の登山はほぼ終了。

 

まだ板が外されたままのヨッピ橋を渡って、どこまでも広い尾瀬ヶ原を通り、再び旅館などの宿泊施設が数棟建ち並んでいる山ノ鼻でソフトクリームを食べ、鳩待峠へと戻りました。

 

 

 

鳩待峠は多くの人で賑わっていて、皆さん綺麗な服装でいかにも都会の山に来ているといった感じでした。

 

そんな中、私一人だけがいつものように作業着に汗だくでボロ雑巾のようになって、しかも景鶴山の唐松林の枝や葉を頭や首のあたりに乗せたままベンチで腰かけていると、ベンチの空座席は他にたくさんあるというのにどうしたことかまだ20代くらいと思われるうら若い女性が私の隣に座ってきました。

 

彼女も単独らしく一人でベンチに座っています。

 

私は何かを話し掛けるわけでもなく黙って座ったままポケットから2万5千分の1地形図を取り出し、今回歩いたルートを眺めていると、「どこまで行ってきたんですか?」と彼女から声を掛けてきました。

 

地形図を見せながら「ここをこうやって歩いてきたんだよ」と教えると「何泊ですか?荷物大きいですね?」の問いかけに「一泊ですよ」と答えると「えー凄い!」と驚かれました。

 

その後も私は登山道の無い山々の話やボロ雑巾の歩き方などを得意げに話すと「格好良いなー、素敵だなー」なんて褒められてしまいました。

 

こんなうら若き女性に話し掛けられ、しかも憧れの眼差しで見られ、もっとゆっくり山の話でもしていたかったのですが、もう行かなければなりません。

 

硬派な私は女性の連絡先も聞かずに、風のように爽やかにその場から去ってしまいました、まったく私って罪なやつです。

 

 

 

 

 

それにしても横文字で表現されることなどなく、純和風の地味で質素な登山形態である藪山登山も、今やうら若き女性が憧れる登山になっているということが判明し「藪山登山はもてるのだ」というが今回の山行でよく分かりました。

 

 

 

あー藪山登山とはなんて素晴らしいのでしょう、やってて良かった!

 

お蔭で私はこの先、増々ボロ雑巾化していくことになりそうです。

 

いっそ原始人のコスプレでピッケルの代わりに槍でも持って山を歩いてみようかと思っているところです。

 

帰ったら早速、石井運動具店に槍買いに行かなくっちゃ、早くいかないと売り切れてしまうかも。