平成27年3月21日
女川 県境尾根 烏帽子岩
「うーん・・・、ここ行けるかな~」
私は数年前からずっと気になっていたところを、腕組みをして地図を眺めながらあれこれと思案しておりました。
新潟の長い冬もようやく終わりが見え、今まで雪で閉ざされていた山と身と心は春の兆しの訪れとともに残雪の山々に向かっていよいよ準備を始めます。
新潟県関川村の女川から山形県小国町の県境尾根を経て三面に至る山域は実に面白い!
奥が深いので間近で見ることがなかなかできないところですが、実際に行ってみると尾根は驚くほど荒れており、あの不思議な形状にはただただ圧倒されるばかりです。
衝立を立てたような薄っぺらの痩せ尾根は風が吹けば今にもバタンと倒れてしまうのではないかと思われるほどであったり、ところどころ尾根上には針のようにそそり立った岩があったり、あるいは尾根が完全に崩落した箇所などがあったりで、またその山域の中央付近にそそり立つ尾根が県境となっていて、どうしてこんなところが県境尾根なんだろうかと不思議に思ったりします。
そしてさらにそこにへばり付いた雪は奇怪な形をしており、もしそこを歩くとすればどうやって通過したらいいものか、あの壮絶な景色を思い浮かべては思索し、そして地図を眺めては思いを巡らせておりました。
この険悪極まりない山域には岩の名前が付けられた山頂が3ヶ所もあり、その三つの岩頂がこの山域最大の難所であることは簡単に予測することができます。
実際、近くまで行って眺めてみると、それは剥き出しの自然の姿そのもので、脅威という言葉しか思い浮かんできませんでした。
三ヶ所の岩峰のうちひとつは貂戻岩といったいかにも難所そうな名前で、そして烏帽子岩というところが2カ所となっています。
去年、小国町の入折戸集落から鷹ノ巣山を越えて県境尾根から少し外れた一方の北に位置する烏帽子岩に行ってみましたが、オーバーハング状になった烏帽子岩本体は触っただけでぼろぼろと剥がれ落ち、手掛かり足掛かりがまったく得られず、とても通過できるものではないと判断して戻ってきました。
そのとき遠くには県境尾根上にもう一方の南に位置する烏帽子岩が文字通り鶏冠のような形をして怖ろしげに屹立しているのが見えました。
北の烏帽子岩から南の烏帽子岩を見ると手前は崖状となっており、もしここからあの烏帽子岩へ向かうにはあの絶壁を登らなければなりません。
新潟県側からは柳生戸~大峠を越えて南の烏帽子岩に登ることができるということですが、反対側から県境尾根上を伝っていくのは無理があるように見えます。
そう言えば日本山岳会が発行している越後山岳第6号に県境尾根踏破記録が掲載されており非常に興味深く読ませてもらいました、しかし尾根の状況等についてはあまり明確に書かれておらず、しかも途切れ途切れの通過のようでどうも判然としません。
「やはり自分で行ってみなければ分からない、いつか行ってみよう」ずっとそう思っておりました。
その想いは鷹ノ巣山や北の烏帽子岩から眺めたときに、さらに増していったのでした。
正直なところあの山塊に行くのは凄く怖くて、春先になると気が重くなり、とても嫌になります。
普通に飯豊あたりにでも行っていれば体も気持ちも楽なのに、どうしてあんな妙な山域に行ってしまうのだろうか?
我ながら「もっと楽な山登りをすればいいのに」なんてことを思ったりもします。
しかし普通の山に普通に登ったってまったくつまらない、普通の山ばかり行ってると飽きてしまいます。
せっかくの休日に早起きして苦労して、それで普通の山に登るくらいなら家で寝ている方がまし、なんて言うと言い過ぎでしょうけれど、結局のところ私は登山者としてではなく冒険や探検として山に向かっており、それが妙な山域へと足を運ぶことに繋がっているのだと自分では思っているところであります。
まあ、いわゆる一種の変わり者であろうかと思いますが、そんな人いっぱいいますよね。
普通に登山されておられる方が数年後に別次元のことを求めるようになるということは自然なことですよね、きっと。
今年もまたそんな怖い女川の山域から奥三面にかけて探検のかわきりとして、南側の烏帽子岩に行ってみることにしました。
ルートはもちろん鷹ノ巣山から見たあの尾根を辿ろうと去年から決めておりました。
通いなれた入折戸集落のはずれに車を止めて早々に歩き始めます、顔や頭頂部にはいっぱい日焼止めを塗り込みました。
ここは鷹ノ巣山に登るときに何度も歩いているところなのでスムーズに尾根に取付きます。
道迷いとしてはおそらく心配はないのですが、半分ちょっと進んだあたりから酷く荒れた痩せ尾根になります、とんでもない形をした雪庇があったりしてそこを通過するのに先が思いやられておりました。
しばらくは綺麗なブナの原生林の中を進みます、遠くには県境尾根が見えますがあの凄まじさはここからではよく分かりません。
正面には鷹ノ巣山も崖を従えて聳えておりますが、やはりあの壮絶な崖の恐ろしさはここからはよく分かりません。
右手に朝日連峰の全容が見えるようになるといよいよ核心部へと突入します。
ここは何度も歩いているのだがやはり怖い、今にも崩れ落ちそうな雪壁にしがみつき、恐る恐る雪庇の脇を通り過ぎ、雪が落ちて崖になったところを木の枝や根に掴まりながら少しずつ進む、そして何とか県境尾根の合流点まで来ました。
眼前には鷹ノ巣山の凄まじい絶壁が全貌を露わにしております、しかし今回はそこを通ることはありません。
もし今またあそこを通過するとなるとどうやって行けば良いのだろう?鷹ノ巣山を前にしてじっと考え込んでしまいます。
とにもかくにも今日のところはここから県境尾根に沿って左に曲がって烏帽子岩へと向かいます。
始めは広い雪面を下りますがすぐに痩せ尾根となって非常に歩きにくくなりました。
しかしあまりにも尾根が痩せているのが幸いして、雪がすっかり落ちて藪になっています。
中途半端に雪が付いているのならいっそ藪の方が歩きやすいです。
しかし岩尾根の急な登り下りに手掛かり足掛かりが見つからずにかなり苦労して進みます、気温は上がり日焼止めを塗った頭頂部からは滑るように汗が流れ落ちてきます。
しばらく進むとようやく尾根は広くなり、かなり歩きやすくなりました。
私はここで再び日焼け止めを塗ります、今日はこの暑さで汗が流れ落ち、一緒に日焼け止めはすぐに流されると思うので小まめに塗ることにしています。
私はあおびょうたんに憧れていて日焼は絶対に禁物です。
いつも青白い顔をして神経質そうに痩せ細ったひ弱なガリ勉お兄さんのようになりたいです。
尾根はある程度広さを保ったまま烏帽子岩の鞍部へ向かって徐々に高度を下げていきます。
徐々に近づく烏帽子岩とその手前の絶壁、「果たして登れるのだろうか?」私は歩きながら近づいてくる絶壁を眺めては自然とルート工作をしております。
そして最後の絶壁の前に立ちました、直登は無理ですが左側に雪が着いているのでその雪面を利用してなんとか登れそうです。
今日、無事にここまで来られたのはこの山域特有の通過困難なところが少なかったためで、悪い箇所は県境尾根と合流した最初の登り下りの部分のみ、あとは比較的歩きやすくて助かりました。
ここまで来たら行くしかありません、時間は昼の12時までが限界です、12時を過ぎても烏帽子岩に到着できないようであれば引き返さなければなりません。
気温が上がっているのでこの雪壁は雪崩の心配もしなくてはなりません。
上部から崩落した雪のブロックが雪面に突き刺さり、それらを避けるように雪壁をよじ登りました。
かなり長い登りでしたが何とか烏帽子岩左側直下まで辿り着き、最後は雪の切れ間からジャンプして木々に掴まりながら崖を越えることが出来ました。
そして藪の痩せ尾根をしばらく登ると無事に烏帽子岩山頂へと辿り着きました。
非常に狭い山頂は360度の展望が得られ、とても気持ちが良いです。
相変わらず県境尾根は凄い形で切り立っており、その奥に県境尾根の最高峰シラブ峰や女川山塊の最高峰頭布山や名峰光兎山などが間近に見えます。
そして遠くには朝日連峰が一望でき、村上や岩船のあたりも良く見えます。
ここは遮るものがなく特に残雪期でなくても非常に景色の良いところであるのではないかと思います。
今回は雪が着いていたので懸念していた最後の絶壁はなんとか登ることができましたが、もし雪が無かったらどうなるのだろうか?もしかしたら通過は不可能になるのかもしれません。
今日は運よく登頂できたと考えざるを得ません、いつかもう少し雪が落ち着いた時期にもここを歩いてみようと思いました。
山頂に到着したのが11時50分だったので10分ほど休憩したのち、すぐに下山を開始しました。
日没には悠々間に合うと楽観視しておりましたが、行きではほとんど休まなかったところ、帰り道は疲れバテてきたということもあって何回か休憩をとりました。
すると行きも帰りも6時間ずつかかってしまい、結局日没ギリギリでの下山となりました。
車に着くとすぐにミラーを見て顔色を確認します。
鏡の向こうにはまっ黒に日焼けした私の顔が写り、日焼けをしているのにベッタリと真っ白い日焼け止めクリームが顔中に付いていて、色が混ざり合ってまだらな灰色の顔となっておりました。
あれほど念入りに日焼け止めを塗ったのに、とてもショックでした。
あおびょうたんへの道のりは程遠いようです。
コースタイム
入折戸集落 3時間 県境尾根合流 3時間 烏帽子岩 3時間 県境尾根合流 3時間 入折戸集落