女川山塊 鷹ノ巣山~烏帽子岩

 

平成26年3月23日、3月29日

 

 

 

4月に入ってようやく今年初めて下越山岳会の定例会に出席しました。

 

ここ2~3年、定例会や会の行事などにはほとんど不参加で、いわゆる幽霊会員のような存在でおりました。

 

忘れられないように個人的な山行の連絡は時々するようにしていたので、自分自身は幽霊ではなくちゃんとした人間といった認識ではおりましたが・・・。

 

しかし久しぶりに例会に行くには随分と勇気がいるもので、緊張するし恥ずかしいやら会場入りするまで自分自身の中で激しい苦悩と葛藤がありました。

 

というのも実は今回、この前行ってきた鷹ノ巣山~烏帽子岩について個人山行を報告するということもあったからなのだと思います。

 

一応、スライドで皆さんに見せられるように地図や写真といった資料を分かりやすく作成し、さらに説明の仕方や順序などを念入りに練っておりましたが、それでもかなり気が重く感じておりました。

 

皆さん気心の知れた方たちだし、紳士な人たちばかりなのですが、どうも私は人が多く集まるところは苦手です。

 

 

 

この日はいつもよりちょっと早めに仕事をきりあげ、例会へ向かうため車を走らせました。

 

車を運転しながら「俺、なんで個人山行報告するなんて言ったんだろ?まいったなあ!」とか「他の人の話が長引いてしまい、時間切れにならないかな」なんてことを考えておりました。

 

 

 

やがて駐車場に到着し、車から降りると緊張と恥ずかしさのあまり意識が薄れ、今にも倒れそうになりながら、それでも最後の力を振り絞り必死で前に進みました。

 

錯乱状態に陥った私は震える足でよろめきながら階段を登り、会場の入り口が少しずつ近づくにつれ徐々に迫りくる恐怖、耐えがたい地獄のような苦しみに私は失神寸前です。

 

深い霧が立ち込め寒々とした廊下は処刑台へと続く道、進むにつれ立っていることも前を見ることもできないほどのブリザードが吹き荒れはじめ、体は凍え悪寒がはしります「ここで倒れたら間違いなく遭難してしまう」そう思いながら必死で気を確かな状態に保つのが精一杯の状態となっておりました。

 

やがて角を曲がると10m先に運命の扉が私の目に飛び込んできました。

 

そして扉に手をかけた瞬間、私の脳裏にはまるで走馬灯のように先日行ってきた鷹ノ巣山と烏帽子岩の情景が克明に浮かんでくるのでありました。

 

その情景はというと・・・

 

 

 

長い冬がようやく終わり、春の陽射しに誘われるように私は関川村の女川山塊やその周辺の地図を出してはかねてから想いあたためてきた山々に登る計画を立てていました。

 

以前は春先になると冬期間に思うように山登りができなかった鬱憤をはらす様に飯豊や朝日連峰の地図を出しては想い焦がれてきた山々へ向かうための爪研ぎを始めるのですが、ここ数年は飯豊、朝日の地図を見るより女川山塊周辺の地図を見る機会が多くなっております。

 

人のいない静かな山に登ることはとても楽しいことですが、この山域は断崖絶壁の登り下り、異常なほどまでに痩せた尾根、不安定に薄く張り出した雪庇などが連続し、しかも屈指の豪雪地帯のため深さ数メートルにも及ぶ危険なクレバスがいたる所に隠れていて、通行は非常に困難を極めます、しかしそれが故に普通の山々では味わえない大きな楽しさがあり、ここまで険しく荒々しい山域はちょっと他に思いつかなくて、ついつい女川山塊を目指そうとしてしまいます。

 

それにしてもあまりにもマニアックなところばかりに足が向いてしまい、私の登山はこの先どんな方向に行くのでしょうか?なんだか自分でも心配になっているところであります。

 

 

 

3月23日

 

新潟県は日曜日になると天気が崩れ、この日もまた太陽の陽射しは期待できそうにない日でした。

 

しかし昨日から降っていた雨は止み、視界もそれほど悪くなさそうなので山形県小国町から三面に抜ける最奥集落の入折戸へと向かい、除雪終点の広場に車を止めて、そこから歩き始めました。

 

すぐに折戸川にかかる橋を渡って、左の尾根に適当に取り付きます。

 

しかし計画していた正面の尾根は沢に阻まれて取付くことができず、左側に大きく回り、迂回して取付くことにしました。

 

3月にもかかわらず数日前から降り積もった雪は深さ50cmほどもあり、ラッセルに苦労します。

 

空はどんよりとした曇り空で、時々ちらほらと雪が舞い降りてきます。

 

それでも視界は十分にあり、この先の進むべき方向をしっかり確認することができるので、その点はあまり心配しなくてもよさそうです。

 

しばらくは「これが女川山塊なのか?」と思うような広い尾根が続きます。

 

鉈目などの人為的な物はまったくないのですが、標高580mの峰で「平成四年春五月」というブナの切り付けを見つけました。

 

このあたりから天気は徐々に荒れ模様になり始め、時折吹雪くようになります。

 

ラッセルは膝上まで、午後1時くらいを目途に行けるとこまで行くことにして先を進むことにしました。

 

標高732m峰付近まで来ると急に尾根は痩せはじめ、この山域特有の姿が正体を現し始めます。

 

天候は悪化の一途を辿るばかりで、先ほどまで見えていた鷹ノ巣山の山頂が見えなくなってきました。

 

目の前にある雪庇をかわしながら痩せ尾根を恐る恐る越え、徐々に迫りくる大きな壁。

 

クレバスを避けながらようやく痩せ尾根を越え、県境尾根の手前まで来ると目の前には鷹ノ巣山の断崖絶壁が飛び込んできました。

 

恐ろしいまでに不安定な雪庇の先に、どう取り付けばいいのか分からない雪の壁。

 

壮絶な景色をしばらくじっと見入っていると、やがてその断崖絶壁に稲妻が走りました。

 

そして私は凄まじい光景と雷によって退散するしか術はありませんでした、大きな雷鳴とともに急速に吹雪が強まり、遮られる視界、逃げようにも非常に不安定な足元、再び迫りくる稲妻の恐怖でおしっこをちびりそうになりながらもどうにかこうにか車まで戻ることができました。

 

この日以来、下山してからずっとどうやってあの断崖絶壁を通過しようか?じっと考え込み、腕組みをしたまま一週間が過ぎました。

 

 

 

3月29日

 

日曜日は荒れ模様の天気になるということで、土曜日にあの断崖絶壁を越えるべく再び入折戸集落へと車を走らせました。

 

途中までですが一度登っているのでルートはスムーズですしラッセルも足首かせいぜい脛程度までで、いくらか前回よりも楽に進めます、でもやはり一番良かったのは天気です。

 

春の暖かな陽気に加え、前回見えなかった朝日連峰が大きく見え、女川山塊の荒々しい峰々とその奥に飯豊連峰の大きな姿が遠く霞んで見えています。

 

暖かな陽気と素晴らしい景色でありますが、この先やってくるであろう困難を思うとあまり楽しんでもいられません。

 

再び580m峰のブナ切り付けの付近までやって来ると、先週あれほどあった雪がなくなり地面の上を歩くようになりました。

 

尾根には踏み跡なのか獣道なのか分かりませんが、とにかく小径が確認できます。

 

これは猟師道なのか、あるいはこの山域には小国と村上市や朝日村を繋ぐ峠道や塩を運ぶ道などが昔あったのだそうで、番所や関所などもあったというのですから、何かしらこれら峠道の名残なのかもしれません。

 

 

 

尾根は580m峰から一度大きく下り、小さな峰を越えて次の峰まで登りきると595mの峰となり、径形もここまで確認でき、やがて雪で埋もれ分からなくなりましたが、この先ところどころ地面が出ているところでは二度と径形を確認することはできませんでした。

 

 

 

そして前回と同じように途中から痩せ尾根の連続となるのですが、雪庇は小さくなり雪が落ちて藪を歩くようになった場所もあります、お蔭でいくらか危険は回避できました。

 

そして目の前にはあの断崖絶壁が飛び込んできました。

 

穏やかな天気のうえに、雪解けが進んで心なしか少し荒々しさが薄れたように感じます。

 

おしっこもちびりそうになりません。

 

一番通過しやすいところをあれこれ思案しながら進み、絶壁を大きく左側に回り込んで尾根上に取り付いたところ、今度は一転して素晴らしいブナ林へと様相は変わりました。

 

広く穏やかなブナの尾根は安堵感があり、まるで母に抱かれているような心休まるところであります。

 

厳しいところをいくつも越えてきて、ようやく迎えた安らぎの尾根は鷹ノ巣山へと真っ直ぐに延びるウイニングロードでありました。

 

鷹ノ巣山の山頂は非常に広く、とても素晴らしいところであります。

 

非常に厳しいところがあって、そして素晴らしいブナ林と静かな景観、いろんな要素があるからこそこの山域は楽しさがあり、訪れるだけの価値があるように思います。

 

 

 

今回の山行はここで終わりではありません、ここから烏帽子岩へと向かいます。

 

ここから先は県境尾根を外れるということで益々人跡は稀なところとなってきます。

 

 

 

烏帽子岩は目の前に見えるのですが、難所が連続していて困難なことが一望してすぐに分かります。

 

それでも藪と雪庇が混在する嫌らしい痩せ尾根と、急な突起をどうにか越えて烏帽子岩直下へと辿り着きました。

 

烏帽子岩は手で触ると岩肌がぼろぼろと四角い塊となって落ちてくるので危険極まりなく、取付くことは到底不可能です。

 

「直登は諦めるしかない」そう思いながらふと左側を見ると巻けそうな回廊がついていて、実はこの回廊、前に亀山さんから「左側が巻けそうだ」と聞いていたところであります。

 

「ははーん、こうなっているのか。よし、行ってみよう!」烏帽子岩を巻くように付いている回廊でしたが、非常に細いもので足元は絶壁です。

 

その回廊も結局、急な沢筋にぶつかり行く手を阻まれてしまいました。

 

木の枝や根っこに掴まって沢を越え、先にある岩尾根に取り付き無事通過できるようなら烏帽子岩も見事手中に収めることができます。

 

私は沢を越えようと試みましたが、急峻な沢筋に生えている木々は少なく、掴める物が少なすぎるうえ足場はまったく無いので非常に危険であり、失敗すれば何百メートルも落ちるでしょうし、遺体もあがらなさそうです。

 

まったく歯が立たなさそうというわけではありませんでしたが登るより下りる方が難しく、仮に登れたとしても下りられなくなる可能性があるので無理せず引き返すことにしました。

 

今後の宿題ができました、しばらくどうやってあそこを通過したらいいか考え込み、またずっと腕組みをしていなければならなさそうです、またいつか烏帽子岩を登るためにここを訪れる日まで考える日々となりそうで、それもまた楽しいものです。

 

 

 

鷹ノ巣や烏帽子といった名前や地名は日本全国どこにでもあり、今回の山行は平凡な名前のところでした。

 

鷹ノ巣と言う地名は昔、鷹狩をしたところに因んで名づけられているといわれております。

 

今回は入折戸集落からルートを選んで登りましたが、他の皆さんの鷹ノ巣山の山行記録を調べると晩秋の頃に三面との県境に派生している尾根を伝って登っているようです。

 

晩秋に登るというのはそこに小径があるのだそうで、鷹ノ巣山も以前に鷹狩が行なわれ、小径はその名残なのかもしれません。

 

それから参考までに、烏帽子岩から三面方向先に朝日連峰あるいは奥三面前衛峰にあたる鷲ヶ巣山が立派な山容で聳えておりますが、山名を考えるとまるで鷹ノ巣山の兄弟峰のように思えます。

 

しかし鷲ヶ巣山の場合は鷲狩りがされていたということではなく、鷲とは古語で雪崩のことを言うのだそうで鷲ヶ巣山は言わば雪崩の巣の山だと言うことになり、鷹ノ巣山とは似ても似つかない山なのであります。

 

 

 

さて、話が随分とそれてしまいましたが、本題の下越山岳会の例会について続きを話さなければこの作文は終わりません。

 

 

 

私は非常に厳しい道を乗り越え、なんとか会場入り口まで辿り着くことが出来ました。

 

しかし扉に手を掛けたまま体が動きません「今なら逃げられる、逃げて楽になろうよ」とどこからか悪魔の囁きが聞こえてきます。

 

「私は幼少の頃から恥ずかしがり屋だった、それを克服するために幾多もの困難を乗り越えようやくここに辿り着いたのではないか!」

 

私は一人扉の前で自問自答を繰り返しておりました。

 

弱い自分と乗り越えようとする自分がひしめき合い、あまりの激しい葛藤でパニックに陥り、頭を抱えたままその場にうずくまってしまいました。

 

 

 

「このままではいけない!」やがて意を決したように立ち上がり、静かに目をつむりそしてひと思いにガラッと扉を開けた瞬間、とうとう私は自分に打ち勝つことができた、そう実感しました。

 

「やった!俺はやったんだ!」少々おしっこをちびってしまいましたがとにかく私はやりました。

 

長く苦しかった時間は終わり、地獄の果てから生還した私の目の前の扉の奥には桃源郷のような安息の地が待っていました。

 

私の心は宙に舞い天使と戯れます。

 

やがて天使となった私は、お爺さんたちが多くひしめいている会場内を少し緊張気味にぎこちなく右手右足、左手左足を同時に前に出しながらひょこひょこと歩き回って無事着席し「もうここまでくれば安心」とホッと息をつくと、間もなく私の山行報告の時間がはじまりました。

 

しかし今回はスライドがなく、せっかく用意した資料を見てもらうことができません。

 

それに時間の都合上、簡単に報告を済ませなければならず、説明不足が多くあった山行報告となってしまいました。

 

 

 

こんなマニアックな山域の山行に興味を持たれる方はどれほど居られるものか、それは計り知れないことなのですが、この女川山塊はあまりにも荒々しく壮絶な山々を体感できるところであり、こんな山行を楽しんでいる者もいるということを伝えたくて、多くのことを考えて考え抜いた末に、身を犠牲にしてまでも個人の山行報告をさせていただこうと決死の判断をさせて頂いた次第でございます。

 

長年の悲願だった詳細に報告するということは叶えることができませんでしたが、せめてこのホームページに掲載したいと考え、またせっかくですし記録も保存したいと思いつつ、いつもよりやや多めに写真も添付させていただきました。

 

 

 

コースタイム

入折戸6時50分―県境尾根合流10時00分―鷹ノ巣山11時00分~11時05分-烏帽子岩11時45分~12時15分―鷹ノ巣山13時00分~13時12分―県境尾根13時40分~13時55分―入折戸16時20分