4月21日
会山行 魚止山
参加者 田中、高橋、佐久間、石井、三宅、宮下
はじめに
この登山日記は私が所属している山岳会の行事の一環として実施された会山行を記録したものです。
したがって山岳会よりの文章になっていることを了承ください。
だからといって一般市民の方々が読まれたとしても、十分に理解できる文章になっていると思います。
魚止山会山行までの経緯
私の所属する山岳会が月に数回程度の会山行を実施しており、今回は私の担当ということでクサイグラ尾根を予定しておりました。
しかし今年は残雪の状況が非常に悪く、とりわけクサイグラ尾根は飯豊の難しさが凝縮されたようなルートであり、今年のような悪条件下での完登は困難極まりないと感じておりました。
例年、4月の第3週くらいになると飯豊山荘までの道路は雪崩が落ち着き、通過するにあたって危険箇所はなくなっております。
ところが今年に限っては雪崩が落ち着かず、飯豊山荘へ至るには倉手山を経由しなければなりません。となると行程は二泊三日になってしまいます。
私事で大変に恐縮でありますが、本来4月21日は出勤日でしたが有給休暇をとって行くつもりでした、しかしその有給休暇に関して二日続けてとることは無理。
以上、二つの理由から今回予定していたクサイグラ会山行は断念せざるを得なくなってしまいました。
代案としていろいろ浮上はしておりましたが、とにかく飯豊周辺のバリエーションルートは避けたほうが無難と判断しました。
実は私は会の人たちを連れて行きたいと思っていたところがこのクサイグラのほかにもう一箇所、あの川内山塊の矢筈岳を会山行として連れて行けやしないものかと考えておりました。
しかし矢筈岳にしても今年の雪の条件としてはあまりにも悪条件すぎるうえ、そもそも簡単に行けるような山ではなく、前々からしっかりとした計画と準備を経てからでなければとても無理、そこで川内山塊の入り口の山とでも言えばいいのでしょうか、あるいは矢筈岳前衛の山とでも言えばいいのでしょうか、魚止山をクサイグラ尾根の代わりに実施させてもらうことにしました。
会の皆さんを魚止山に連れて行き、そこから仰ぎ見るあまりにも雄大な矢筈岳を眺めていただいて登行意欲を沸きあがらせていただきたいと考えてみました。
ただ登山道の無い山であり、好きな人はそりゃ好きでしょうけれど通常登山しかしない人にとっては単なる辺鄙な山にしかすぎないはず。ただでさえ急遽代案で決めた山ということもあって「参加者はもしかしたら誰も居ないのでは」とも思っておりました。
今年の下越山岳会は二王子岳とその周辺の山々に重点を置くとされておりますが、会員数は60名を越える山岳会で全員が同じベクトルを向く必要などないというか、そもそも全員が同じ考えで山に登っていたのではかえって変なことであり、いろんな個性があってからこそ山岳会というものが成り立つのだろうと思うのです。
新発田市民だからといって私は二王子岳を中心とした新発田市周辺の山々に何ら魅力を感じません。
私が担当の会山行、私らしい山は?自問自答の末、登山道の無い山、でも皆で登る分に危険ではなく、それでいてあえて新発田市から少し離れた川内山塊を選んだということはある意味適任だと信じておりました。
ただ会山行という観点から考えると参加者がまったく居ないようでは問題でありますが…。
会長である佐久間さんと副会長の石井さんには早くからクサイグラ困難を相談にのってもらっておりました。
最終的には担当である私が行先を魚止山と急に決めてしまいましたが、それにも関わらず佐久間さんは直ぐに参加を表明してくれましたし、石井さんも体調によるができるだけ参加するというふうに言葉を掛けてくれました。
さらに佐久間さんが数名の人に声を掛けてくれていたようで三宅さんと宮下さんが、そしてさらに高橋さんまで参加を表明していただける運びとなりました。
私としては感謝感激、皆さんにフォローしていただいて本当にありがたいと思いました。
なんだかんだ紆余曲折も多くありましたが、何とかどうにか体裁を整えることができ、無事に会山行実施に至ることができました。
山行当日
予定通り6時に集合場所から2台の車に便乗し、我々一行は東へ東へと車を走らせました。
室谷集落を過ぎ、室谷洞窟で予想通り車は通行止めとなりました。
通行止めバリケード手前に駐車スペースがあり、ここで登山の準備をしていると林道工事関係者が来て、室谷集落で催し物があるそうで車は茅葺の里へ駐車するようにとのことでした。
6時45分、予定より15分遅れで出発しようとしていると、単独の女性登山者がやってきました。
佐久間さんがお話をしておりましたが、彼女も魚止山が目的のようです。
最近はこの川内山塊も大変に人気がでており、魚止山は矢筈岳をはじめとした川内山塊の展望台として人気のある山のようです。佐久間さんの話によるとその女性は40代くらいであろうとのこと。
実は私はこの日のために有名な五頭のシューロールケーキをそっとザックに忍ばせておりました。我々の人数は6人なので、今まではケーキを6等分することばかり考えておりましたが、40代の女性と聞いて、これを機に7等分する方法を考えることにしました。
「6等分や8等分ならそんなに難しくないのに、7等分は一番難しい、どうしよう?」そんなことを考えながら長い林道を歩いておりました。
いろいろ世間話をしたり、ケーキの等分方法を考えながら歩いているとあっという間に尾根の取り付きヶ所に到着してしまいました。
取り付きヶ所についた時刻は8時45分、ぴったり2時間の林道歩きでした。
ここから急な登りが続きます、距離は短いのですが、このとんでもない急な登りはスタミナがドンドン奪われていきます。
飯豊あたりとは山域が違うので、比較するのも何ですが、ここまで急坂の登りはあの飯豊ですら見当たりません。
日本3大急登と言われている谷川岳の西黒尾根や甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根、北アルプス烏帽子岳のブナたて尾根、これらの中から西黒尾根の代わりにこの尾根を入れたいものです。
この一辺倒の登り、背後に御神楽岳を背負いながらぐんぐんと高度を稼ぎ、あっという間に山頂に飛び出しました。
山頂からは360度の大展望が望め、矢筈岳が手に取るように大きく見え、五剣矢岳や青里岳、その奥には粟ヶ岳といった川内山塊を形成する秘境の峰々。
南へ目をやると浅草岳や守門岳、そして新潟県第二の未開発デルタ地帯と言われる毛猛山塊、その奥に越後三山や平ヶ岳が美しく聳えている。
通常の山と違ってこの山域の山頂から下界は見えない、どこまでも見渡す限り山また山。
私自身はこの魚止山には三度訪れており、今回で4度目になります。
今までの3回は縦走や矢筈岳あるいは川内山塊の奥座敷である駒形山に登るために通過したにすぎませんでした。
改めて今回この魚止山でゆっくりと景色を眺めていると、この山も名山だということに気が付きます。
あの急な登りに流れている沢は魚の遡上を阻む、急すぎて魚が生息できない。おそらくそんなところから誰かに魚止山と名付けられたのであろう。
そんな飯豊の急坂を凌ぐほどの困難な登りを克服しなければ山頂に立つことができない魚止山は、人里離れた日本一の秘境といわれる川内山塊の玄関口でひっそりと山慣れた登山者を魅了し続けている山です。
終わりに
下山時に皆さんフキノトウを採取しながら歩きました。
4月半ばを過ぎ、いつもの年であれば林道上の雪はほとんど消え、山々の新緑まぶしくなる頃だというのに今年はまだ3月上旬並みの雪の量です。
私はいつもここに来たときは下山時にコシアブラと言う山菜を採取しながら下り、山の斜面を右往左往しているうちに必ず道迷いをしてしまいます。
今まで道迷いしないで下山したことは一度もありませんでした。
しかし幸か不幸か今回はまだコシアブラは芽吹いておらず、おかげさまで初めて道迷いをしないで下山することができました。
その代り皆さんの手にはフキノトウが、ようやく川内山塊にも遅い春がやってきているようでした。
私自身の身勝手でありますが最近いろいろな問題や葛藤があったりして、今回の自身担当の山行が終了したら、もしくは次回予定している中村さん担当の化穴山山行の助言を行った後にでも会を退くつもりでおりました。
しかし今回の山行を通して本当に皆さん大変な紳士であり、不覚にも皆さんの気持ちは大変に私の心に深く響き、山仲間の大切さを知った山行でもありました。
私は心の中でもうしばらく置かせてくださいと頭を下げておりました。
佐久間さん、石井さんには私の力が足りなすぎる分、御二方が補充してくれたおかげでこの山行は無事に大盛況のまま終了することができました。
最後に、その石井さんから「参加者の皆さんは大変に御満悦」ということを書いてくださいとのことでしたので、ここに書き加えさせていただきます。
コースタイム
室谷洞窟(車止め)6:45-林道分岐7:45-尾根取り付ヶ所8:45~8:55-魚止山12:30~13:25-尾根取り付ヶ所14:32-林道分岐15:27-室谷洞窟16:15