西穂高岳

平成2539

 

随分前の話になります、あれはいつぞや、確か6月のことだったと思いましたが、これから山は各地で山開きなどが催されたり山小屋の囲いが外されるなどして、いわゆる一般的にベストシーズンといった季節を迎えるということで、私は山関係の人たちの集まりに参加しておりました。

なんの集まりだったか忘れましたが、その集まりの中で誰かが「これからの時期、お勧めの山はありますか?」といった質問をしてきました。

私はその質問に「良い時期は終わって、これからの山はつまらないよなあ」と心の中で思っておりました。すると同席されておられた皆さんも私と同じように思ったようで「これから山はあんまり面白くない時期に入って行くんだよなー」と口々に言われました。

やはり山は雪のある時期が面白いということは皆さん同様に実感しているようでした。

雪があることは面白いということだけではなく、やはり綺麗です。

宙を舞うダストや凍り付いた木の枝に陽が当たりキラキラと輝く様子や白く雪をまとった山の美しさは夏山の比ではありません。

しかし新潟県の山はこの時期、深い雪と悪天のため気軽に入山できるようなところはありません。

稀に訪れる青空に僅かな期待をしながら猛烈なラッセルに身を投じて、必死で耐えながら山頂を目指す、そんな新潟の苦しい登山事情から少しは離れてみたくもなります。

ただ決して雪の少ない地域の快適登山へ逃げるということではなく、私はいつもほとんど飯豊や朝日周辺の山々しか登っていないので、せめてこちらの山が入山困難な時期に年に数回程度、北アルプスや関東圏などの他地域の山に足を踏み入れてみるのもいいのではないかと思ったことと、冬山の登竜門として頻繁に雑誌で紹介されているような山にもとりあえず一通り登ってみようと3年くらい前から思い立って訪れるようにしております。

 

先日、幸いなことに北八ヶ岳を訪れてきてからの私はすっかり都会人と化し、人が多く集まるような山にでも十分に対応できるオシャレな登山者へと見事に進化を果たしました。

「さて今度はどこの山にオシャレして行こうかな」なんて考えていると、ちょうどNHKで確か「冬山に登ろう」とかいう番組が放送されていて、そこには西穂高岳が紹介されておりました。

西穂はロープウェイでかなり上まで行けるうえ通年営業の西穂山荘があるので初心者でも入山しやすく冬山の登竜門的な山としてよく雑誌に紹介されているようです。

しかし独標までとか丸山までとされているものがほとんどで「独標から先は上級者向けなので初心者は行かないように」といったような注意書きがされている記事がほとんどのようです。

 

私自身、西穂には無積雪期に2回ほど通過したことがありまして大した不安はありませんでしたが、冬はどうなるものかそんなに危険な状態になるものなのか少々興味もありました。

ただ先日訪れてきた北八ヶ岳と同様に人で混雑しているだろうし、ましてやテレビで放送されているのだから観光地と割り切って行くようにしました。

 

ひとつ不安があるとすれば去年の暮あたりから関東圏の山々を訪れてみましたが、その時いつも感じていたことはうまく説明できませんがこちらの山に入る場合とでは随分と勝手が違うということです。

夏山ならあまり気にしなくても良さそうなことも冬ともなればいろいろな注意が必要で気候や道路状況等が微妙に違い、その微妙な違いが大きく装備などに影響してくると思うのです。

 

気候に関してはかなり前々から統計をとっており、長野県松本市の気候は当てはまらないことは明らかなようでした、飛騨高山と金沢あるいは富山あたりがミックスされたような気象条件のようです。

それでも新潟に比べればかなり快適な気候ということは間違いなさそうでした。

 

 

車は富山ICまで約3時間半、そこから新穂高ロープウェイまで飛ばして1時間半かかりました。今日の天気予報は富山、金沢が曇り時々雨で飛騨高山は晴れとなっており、判断が難しい予報です。

実際の空模様は、富山市内は雲が多いながら時々晴れ間が見える感じでしたが、岐阜県に入る頃には空一面青空が広がっておりました。

 

新穂高ロープウェイの営業時間は朝9時からとなっており私は少し余裕をみて8時半に駐車場に着きました。

明日は天気が大荒れになるといった予報でしたので今日中に西穂山頂を踏んでおこうとの目論みで、できれば始発のロープウェイに乗りたいと思っておりました。

 

いつもは有料の駐車場も冬期間は無料となっており、登山者専用駐車場という大きな看板が設置されています。

この時間ですでに駐車場は9割方埋まっているような状況でした。

ここからロープウェイ乗り場まで10分程度の徒歩ですが、ロープウェイ乗り場が見えるところまで来てビックリ!登山客と観光客で長蛇の列ができているではありませんか!列は200mくらいあるのではないでしょうか、「これじゃあ始発に乗ることは無理、果たして今日中に西穂に登れるのだろうか?」困りました。

ただ幸いなことに、いつもなら15分おきのロープウェイも今日は臨時便を運航するということで5分おきの運航になり、大きな時間のロスは避けられました。

 

結局、予定より約20分遅れの950分にロープウェイ山頂駅から歩き始めますが、登山道は行列をなしております、仕方がないのでトレースの無いところをラッセルしながら次々と追い越して行きました。

追い越しても追い越しても次から次へと前方に現れる登山者、いったい何人の登山者が訪れているのでしょうか?もしかして100人くらい追い越したかもしれません、観光地として割り切っていて良かったです。

でも「西穂山荘は一応予約してありますがこれじゃあ泊まりたくないなあ」。

やはり北アルプスに来るなら夏でも冬でもテントの方が快適なようですね。

 

西穂山荘前でアイゼンを装着し、雪から氷に変わった尾根を登ります。

西穂山荘から独標の間は非常に広い尾根となっており、先週末と先々週末にこの平原でガスにまかれて方向を失い、最後は滑落して亡くなるという事故がたて続けにあったそうです。

あまり大きなニュースにはなりませんでしたが、この冬もとても多くの方が遭難に見舞われているそうです。

 

西穂に限らず最近は登山者の増加に伴い厳冬期でも気軽に入山するような人が増えて、結果的に遭難のニュースが頻繁に各地で賑わせているようです。

やはり雑誌やテレビ等の影響も大きいのではと感じます、冬山の厳しさは一応触れられてはいるようですが、あの冬の美しい情景と登山をさも楽しそうに描写しているのですから行きたくなるのは当たり前のことだと思います。

 

残念ながら私の知り合いもここ数年間に多数の人が遭難という事態に見舞われています。

無事に生還された方、悔しいことに亡くなってしまった方、いずれにしても身近でそんなニュースを耳にしたときは当事者でない私でさえ気が動転してしまい、あまりのショックにしばらくの間山が嫌いになってしまうほどでした。

 

遭難された方は非常に気の毒で、誰だって好きこのんで遭難しているわけではないし無事に生還した場合でも本人が一番大反省していることでしょう、家族や身内にあれこれ言われるのは当たり前のことでしょうけれど、せめて我々登山仲間はそっとしておいてあげられないものなのでしょうか?

事後の検証や報告書作成および報告等は義務なのでしょうか?

参考資料として各所で事例を取り上げられ検証される現状をとても恐ろしく感じてしまいます…、とかなんとか言っておいてそんな私自身が一番危ないのかもしれませんね。

周囲の皆さんに御迷惑と御心配をかけないように細心の注意を払って登山をしなければならないと、悪いニュースを耳にするたびに強く思う次第です。

 

とまあそんなことで今日は素晴らし晴天なので、ガスられて道に迷うなんて心配はなさそうです、あとは滑落しないよう足元に十分注意して西穂山荘を出発しました。

 

西穂山荘を過ぎると噂どおり急に風が強くなります、風に煽られてまともに歩くことができません、でもこの程度の風には慣れていて新潟の冬山なら普通程度です。

這松からはエビの尻尾が出ているが、これがまた小さくて可愛いもので、大きさで言えば10センチもないくらい。飯豊のエビの尻尾は正月で大きいものだと3mくらいで、3月ともなれば5m以上にも達するのではないでしょうか、二王子岳ですら最大時で1m以上になっていると思います、やはり気象条件はこちらの方がはるかに良いようです。

 

大らかで広い丸山を通過し独標の手前で少し岩っぽいところを登りますが、ここまではまったく問題なく来ることができました、この独標までは各雑誌やテレビでも紹介されている通り非常に簡単で、確かに冬山初心者の入門コースといっても良さそうなところでした。

ここから先は岩場の連続ですが、とにかく雪が少なく夏道にアイゼンを着けて歩いているような感覚です。

ルートは以前に2回も来ているとすっかり覚えていて、巻道等についても岩や氷でトレースが付いてなくてもまったく大丈夫でした。

本来、可能であればですが冬に登るところは夏道を数回歩いておくべきであり、その点今回は2回も歩いていたところなのでやはり非常に楽でした。

強い風に煽られながらアイゼンを着けての岩場を通過しますが、それほど難しさはありません。

ただ最後の急斜面だけ少し危険かもしれません、ここの夏道は急斜面のザレ場で歩きにくいところですが、冬は雪の壁になっていて危険度が増しております。

こちらの雪質は新潟と違い、固くてステップを切ることができません、アイゼンの前爪だけで登らなければなりませんが新潟の湿り雪に慣れているとアイゼンの前爪にだけ命を預けるのは不安で怖く感じました。

アイゼンばかりでなくピッケルの使い方といい、固雪に慣れたいと思いました。

「そうだ!今度新潟の山で残雪期にでも固雪の壁状になっているところを探して練習しよう!うん、そうしよう!」

 

そういえば以前に新潟魚沼の毛猛山に登ったあとそのまま桧岳に登った時も最後は雪の壁でした、あの雪の壁はやはり雪質の関係上ステップが簡単につけられましたが斜面を登っていてステップを付けている途中にズボンが破けて、さらに下着のパンツまで破けていて尻丸出しで斜面を登ったことを思い出しました。履いていたズボンとパンツは相当に履き古されていたもので、生地が劣化していたことが原因だったと思います、ちなみにパンツは伊勢丹の紙袋の模様の物で、私がもっとも気に入っていたパンツでした。

確かあのときは下山後もズボンとパンツの尻が破けているのをすっかり忘れて尻丸出しのまま日帰り温泉へ立ち寄ってしまい店員さんに笑われたということがありました。(当HP 23年度の山行 毛猛山参照)

 

これについて後日検証してみて思ったことですが、残雪の照り返しにより尻は日焼けしており、慣れない部位の日焼けで座ると辛いほどヒリヒリする痛みだったということで結構な露出だったのではないかと推測されます。

温泉の店員さんも笑いを必死でこらえたのでしょうけれどもこらえきることができなかった、そんな店員さんの苦労が偲ばれた毛猛山と桧岳山行でありました。

 

すっかり話を元に戻しまして…、その固雪の壁を越えて1220分、無事に山頂に立つことができました。

この時期、新潟では考えられないような晴天のなか20分ほど山頂の景色を堪能して下山を始めましたが「岩場の下りは登りよりも慎重に」を心掛けたつもりでしたが、実はあの多くの登山者のことを考えると西穂山荘に泊まらずに下山したいと考えておりました、それに天気予報も今夜から荒れ模様となっていたので尚のことさっさと下ってしまいたいという考えになっていて自然と急ぎ足になっていたと思います。

とりあえず何事もなく無事に西穂山荘まで戻ることができましたが、強風下にアイゼン着用で岩場をつい急いで下ってしまったことは少し反省点だと思いました。

 

下りのロープウェイ最終便は1630分、西穂山荘に下ってきた時間はまだ14時なので余裕です。

冬の西穂山荘宿泊はまたいつかの楽しみにとっておくことにし、丁重に宿泊キャンセルの手続きを済ませ、乾いた雪斜面をグリセードで遊びながらロープウェイ乗り場まで下り、観光客の人ごみと同化して今回の山行を無事に終えることができました。