朝日連峰
常願寺山~白岳~桝形山~大陰境~化穴山~小法師岳~以東岳~三角峰~戸立山~茶畑山
4月30日~5月2日
朝日連峰の地図を眺めていると、主稜線以外の範囲にも多くの峰々が連なっていて、とても広い山域だなーって感じます。
標高こそ飯豊に一歩譲りますが、山域は大変に奥が深く、一度主稜線から外れようものなら、昔のような原始性が多く残る朝日連峰本来の姿を見ることが出来、奥の深さ、山域の広さは飯豊以上のように思います。
広範囲に人が入り込んでいる飯豊に比べ、朝日連峰は未開発部分が多く残っていてバリエーションルートは多彩であり、大変に面白さと魅力を感じます。
私は20年くらい前からずっと朝日連峰に通い続けておりますが、以前の朝日連峰はたくさんの自然に囲まれてとても静かな山歩きができるところでした。
しかし近年の登山ブームにより山小屋や登山道及びアプローチ等が整備されると安心安全登山ができるようになり、ツアー登山や気軽に入山する人が増加して盛期になると多くの人であふれるようになりました。
しかしその代償として原始の面影は薄れていき、かろうじてあの美しい風景は健在ですが、野性味や原始性は以前に比べると見る影もなくなってしまいました。
いわゆる主稜線と言われている大朝日岳から以東岳の区間にはもちろんしっかりと登山道がついておりますが、これは広い朝日連峰のごく一部にしかすぎません。
朝日連峰に限ったことではないのでしょうけれど、主稜線ばかり歩いていてもその山域の本質を見ることができず、山の良さはほんの数パーセントしか分からないだろうと私は思います。
主稜線から少し目先を周囲に移してみると大変に多くの山々が名前を連ねており、そこは登山道こそないものの立派に朝日連峰の一部であり、この朝日連峰の主稜線を支える名脇役というか、知られていない名峰をもっと多く知りたいと思い、残雪と連休を利用してそれらの峰々を訪れてきました。
しかしシーズンを外れた時期に主稜線以外の場所を訪れるということは、当然安心安全登山が保障されるはずはありません。
原始性が多く残るが故に野性の宝庫であり自然の神秘性と美しさを感じることができる反面、ひとたび自然の脅威が牙をむこうものなら、翻弄され、大自然の中で成す術がなくなってしまいます。
事実、私自身この朝日連峰では何度も怖い思いをしており、広く懐深い朝日連峰では標高が低いからといって馬鹿にしてかかるととんでもないことになってしまいます。
十分な計画や準備はもちろんですが特に朝日連峰に関しては「自然の中に入らせてもらう、野生の世界へお邪魔させてもらう」といった気持ちを大事にして入山するよう心がけております。
※いきなりマニアックな話になってしまい、すいません。通常、誰だって普通に登山道があって主稜線を歩こうとするのは当たり前のことなのでしょうけれどね…。
ああ、でもだからといって私は藪山オタクではありません、実際に山へ登りに出かけるから藪山オソトです。
4月30日
車は東大鳥ダムまで。時刻は午前5時を過ぎたばかり、雪の壁がまだ2m以上もある道路を歩いていると寒さで手がかじかんでしまいます。ここの登山口はいつ来ても寒い、川の風が冷たくて集落のあるところより5度くらい気温が低く感じます。
まずは常願寺山に登るために左京渕ダム手前の尾根取り付き箇所を目指します。
林道は特に悪い所はなく、1時間半ほど歩いた自然保護区の看板がある付近から尾根に取り付くことにしました。
尾根の末端は急な岩場で、登るのはとても無理、少し手前の急な斜面をどうにかこうにか木の枝や根っこにぶら下がりながらやっとの思いで尾根上にでましたが、すでにこの時点でもう腕の筋肉はかなり疲労しております。「この先どうしましょう!」とりあえずしばらく急な尾根に付いた雪面にアイゼンをきかせながら藪に備え、腕を休ませながら足の力だけで登っていきました。
急斜面を登りきると思った通り、藪漕ぎが始まります。
あらかじめ地図を見て覚悟を決めていたことですが、常願寺山の標高とそのずっと先にある白岳の標高差は100m程度しかありません、ということはこの間は登り下りが延々と続くことは明らかで、あらかじめ地図を見て覚悟を決めておりました。
しかしいくら覚悟していたとは言え、藪の中の登り下りを繰り返す尾根には嫌気がさしてきます、歩いても歩いてももがくばかりでいくらも進まず、この藪地獄がいつまで続くのか。
気温はどんどん上がり、暑くて体力も奪われる中、日焼け止めを塗ろうとして「まてよ、鼻にだけ塗らなかったらどうなるだろう?」なんてことを考えるのは私だけでしょうか?それとも意識が朦朧としていたのか、そんなことをつい考えてしまいます。
とにかく去年ははちまきをしていたら額にはちまきの日焼け痕が付いてしまいましたので今年は鼻に挑戦することにしました。
今日の目標は最低でも白岳までと決めておりましたが、とうとう限界となり、本当は夕方6時まで歩くつもりでしたが、5時の時点で白岳のまだちょっと手前。
もう少しで最低目標クリアですが白岳の最後の登りに私の気持ちは萎えさられ「疲れた、もうやめよう。明日がんばろう」ということで、白岳山頂直下で幕営することにしました。
今日は終日、薄曇りでしたが、ここにきて青空になり、明日の晴天が約束されます。
テントを張り、星を見ながら残雪で冷やしたビールを飲めば、あとは幸せ気分のまま深い眠りにつくことができました。
5月1日
今日は昨日の約束が守られ空は青くなり日差しは強いが、冷たい強風に助けられ、それほど苦労せずまずは第一目標である白岳に登頂しました。
ここから左手には甚六山と化穴山が大きく見え、進む先には双耳峰の桝形山が徐々に大きさを増してきました。
見渡す限り真っ白い雪原は昨日とはうって変わって、雪上散歩の楽しみを私に与えてくれます。青い空と冷たい風のお蔭でとても気分よく、次なる目標の桝形山を目指しました。
尾根は広く開け、二王子岳から飯豊に向かう途中の千石万石を思わせます。ところどころ出てくるブッシュも芝生広場になっているところではザックを降ろして暫し休憩。「ちょっとだけよ」と言いつつ疲れた体を横たわらせると、青空の下には素晴らしい原風景が広がり、気持ち良くなって動きたくなくなってしまいます。
ついつい長い休憩をとってしまい少し楽になって、最後の急登を登りきれば新潟県と山形県堺ラインの秀峰桝形山へ至ります。
双耳峰で岩場のある男性的な桝形山はどこかあの以東岳の東に位置するおっぱい山のエズラ峰を思いおこさせます。エズラ峰も双耳峰で、遠くからみるとふくよかな女性のおっぱいのような丸い山に見えますが、実際に登ってみると岩場の荒々しい山です。
※皆さんふくよかとは限らず、そりゃ岩場みたいな方あるいは魚沼の名山、平ヶ岳のような方も居られようかと思われますが…。
桝形山頂でも小さな芝生広場で横になりました、人跡がまったく感じられない山頂、滅多に人が入り込むことができない未開の奥地で寝転んでいるとひと時の幸せを感じます。
ところで桝形山頂で三角点を探しますが見つけることができませんでした、どこへ行ったのでしょう?
桝形山から次の大影境まで少々の藪歩きを交えながら、いよいよ間近に迫った化穴山の登りへと取り掛かります。高度差約250m、息を切らしながらようやく山頂に到着。
ここには去年の秋にも来ており、通算3度目の登頂となりますが、すべて別ルートからの登頂です。
がんばった自分に御褒美をと、化穴山頂に来たら食べるために大きなみかんを持ってきていました。ここでまたしばらくの間、みかんを頬張りながら、仰向けに寝転び休憩しました。
流れゆく5月の雲を眺めながら桝形山や化穴山は奥三面の隠れた名峰であり、これらの貴重な峰々はいつまでも原始のままであってほしいと私は願いました。
ここから以東小屋まで登山道はなくとも歩き慣れた道、とは言っても昨日は12時間の歩程で今日もすでに9時間近く歩いていて、足の疲労と痛みはピークに近づいてきました。
化穴山からいったん下って、鞍部から以東岳への登り高度差は約400m、このコース最大の登りが待っています。
随分と苦労したものの、日没まで時間は十分にあるのでゆっくりと歩き、結局この日も12時間近くの歩程となり、無事に以東小屋に入ることができました。
珍しいことに以東小屋は1階から入ることができました、下界の林道等はこの冬の大雪と遅い春のおかげでいつまでも雪が解けずアプローチに大きな影響が出てしまい、山の斜面は急激な気温上昇のため特に日当たりの良いところの雪が落ちて尾根は歩きにくくなる、今年の残雪期は最悪の条件ということがこんなところからも伺い知ることができます。
5月2日
今日は下る一方で登り返すところはあまりない、楽勝気分で小屋を出てびっくり、今日の核心部となるであろう三角峰と茶畑山間に雲がかかり非常に視界が悪そう。
以東岳山頂の雲海に酔いしれている余裕は無く、早々に登山道を辿りながら三角峰手前の鞍部まで下りました。
ここからまた登山道を外れますが、このルートは4年前に歩いており、確か三角峰から戸立山間は痩せぎみの尾根になっていて、基本的に藪の右側を下るのだが、数回ほど右に左に行ったり来たりしながらの歩行だと思いました。
「特に戸立山からの下りは要注意だったよな」とか「茶畑山から紛らわしい尾根が派生していて入り込まないよう注意」なんてこと思い出しながら視界10mのガスの中へと意を決して突入しました。
登山道の無いルートでの視界10mは非常に厳しい、必死で地図と睨めっこ、コンパスで何度も方向を定め、10m先しか見えない山の形状を追い、微妙な尾根の形や傾斜を判断しながら進むしかありませんでした。
本来こんなときにGPSを使えばいいのでしょうけれど、今回は使いませんでした。
でもちゃんとGPSは持ってきていて、ズボンのポケットに入れておりました。
GPSを使わないとその代わり自分の感性が非常に研ぎ澄まされます、一生懸命に地図を読んで山を見る、結果的に山を良く知ることができ、確かに一歩間違えば道迷いでもしかねませんが、自分の読図力や山の形状の判断力を再認識することができ、技術の向上には大変に良い経験をしながらなんとか茶畑山まで到達することができました。
茶畑山まで来るとガスが切れ、どこまでも見渡すことのできる視界にホッとし、最後に紛らわしく派生している尾根にコンパスを使って進む方向を指し示し、無事に皿渕沢取り付きの林道まで下山することができました。
無事に林道に下り立ったところでもう安心、もう一つ持ってきていたみかんを食べようとしますが、乾燥していた空気の中で息を切らしながら歩いた三日間、唇と口の中が荒れており、柑橘系の物が染みて唇と口の中が痛くて大変、せっかく楽しみにしていたのに、半泣きしながらみかんを食べ、あまりの痛みで口を湧き清水で洗い、結局みかんの味を楽しむことができませんでした。
そして林道を歩くこと約2時間。無事に車へ戻ると、疲れがドッと出てきました。
足と腰は疲労と痛みが激しく、日焼けで顔が痛み、唇と口も荒れて痛み、そして最後に車に乗ろうとしたときにこの暑さでようやく発生し始めたブヨに額を刺されるというおまけまでついて、大鳥を後にしました。
終わりに
実は今回のルートは初日の常願寺山を過ぎた次のピークまでまったく記録の無いルートでした。たぶん必ず誰かしら歩いてはいるのでしょうけれど、とにかく記録や参考文献はまったく見当たらない部分であり、どうなっているのか、何が出てくるか分からないというところが怖くもあり楽しくもありました。
常願寺山の次のピークから先に関しても藪山の先生である羽田さんが歩いた記録があるのみで「ああ、人間が歩くことができるんだ」程度のことしか分からないルートでした。
今はネットの時代になり、登山ブームも手伝って山の情報が簡単に入手できるようになりました。特に北アルプスなどの人気の山々は非常に多くの情報であふれております。
しかしその情報はタイムリーなものでなかったり、安全重視のため過剰に悪条件を伝えたりする傾向にあるものではないかと思います。
登山情報などネット等で公開されている情報を収集し、それを参考にすることはとても良いことだと思いますが、それを過信し情報に左右され、踊らされている人を見かけることがあります。
それに情報に頼りすぎると、山を見なくなって判断力に乏しくなってしまうように思います。
私の向かう山には便利な情報はほとんどいつもありません。実際にそこへ行き、自分の目で確認し、判断をしなければならないのが実情です。
だからその分いざという時に状況判断力が付き、それらを回避する力や安全の意識が高くなるものだと私は信じております。
だから皆さんも登山道が無いような山に行くということはある意味非常に勉強になりますので是非行きましょう。もちろん無理のないところからになりますが…。
それになにより登山道に左右されることなく、自分で考えたルートを自分で道を切り開いて歩くということはとても楽しいものです。
特に山ガールの皆さん、カラフルで派手な服装は人の多いところよりも藪山で特に映えますよ、最初は初心者向けの登山道の無い山から始めてみてください。
そして私のような藪山オソトを目指しましょう。
コースタイム
4月30日
東大鳥ダム 1時間27分 左京渕ダム手前尾根取付部 4時間3分 常願寺山 3時間11分 1038m峰 2時間30分 白岳手前1070m付近幕営
5月1日
幕営地 34分 白岳 1時間18分 桝形山 2時間47分 大影境 1時間47分 化穴山 1時間10分 小法師山 2時間3分 以東小屋
5月2日
以東小屋 5分 以東岳 1時間57分 三角峰 2時間18分 戸立山 58分 茶畑山 1時間 旧雨量観測所 15分 雨量観測所 13分 皿渕沢取付 40分 左京渕ダム尾根 1時間20分 東大鳥ダム