シラブ峰

平成25324

 

「最近お腹が出て困っている、体が重く贅肉を減らしたいので、夜のジョギングに付き合ってほしい」と知り合いから言われました。

私はそれを聞いて「何馬鹿なことを言うだ!もったいないではないか!腹に多くの栄養を溜め、精一杯膨らましておいて、登山時にそれを爆発させるのだ!」、「それをジョギングで消費するだとー、この愚か者め。」と怒りましたが、そうは言ったものの実は私も近々会社で健康診断があり、体重と血糖値を下げるために週に概ね2回程度ですがジョギングに付き合うことにしました。

 

そういえば、少し話がそれてしまいますが、それからもし食事中の方がおられたらちょっと悪い話になります、私の勤務する会社の役員が先日宿泊先のホテルで健康診断用の検便を採取し、その採取した検便をホテルに忘れてきたということで、従業員数名で検便探しに向かったが必死の捜索にもかかわらずとうとう見つけることができなかったという事件が発生しました。

盗難の可能性もあるので警察に届け出ることも必要だと思うのですが、どうしたものでしょう?

 

話を戻します、夜のジョギングのため外に出ると空気はまだ冷たく澄んでいて、空を見上げると二王子岳が月明かりに照らし出されている。

山頂の左下付近にはスキー場の明かりが灯り、新発田市のシンボルの景観が台無しにされている姿が印象的です。

当時、スキー場開発にあたって山を愛する人たちは強く抗議反発し、反対署名活動が広く行われるなか、私も反対の署名をしました、しかしそんななかスキー場開発行為は強行され、そして無残にも山は切り刻まれてしまった、あの姿をみるたびに今でも残念な思いが込み上げてきます。

二王子岳は新発田市を象徴する山であり、山麓に二番目の王子権現様が祀られて登拝路が作られ、古くから信仰されてきた山であります。

今思うに、スキー場開発は神をも恐れぬ愚かな行為だったのではないでしょうか。

 

一般的に二王子岳のような麓から良く見える山は神が宿ると信じられて信仰されており、登拝という形で登られてきた歴史があります。

山麓の集落からよく見え、立派に聳えているほとんどの山には登山道が敷設されていて、おそらくその大半はかつて登拝路として登られてきたものが現在の登山道に変わったものなのではないかと思われます。

登拝されなかった山の登山道については、もともと鉱物資源採取の作業道であったり、狩猟目的で地元猟師の人たちに切り開かれた道であったりで、登山のために作られた道はほとんど無いようです。 

 

さて話は本題であるシラブ峰に移しますが、ところでシラブ峰とはどこにあるのか聞いてすぐに答えられる人はそう多くはいないだろうと思います、探検指向の強い登山者には比較的名の知れた山なのではないかと思いますけれど…。

シラブ峰は新潟県関川村と山形県小国町の県境尾根上にあり、荒川支流の女川流域に聳えており、この山域では最高峰があの頭布山となっていて、ほかには唯一登山道の有る光兎山などがあり、シラブ峰はその2座に次いで3番目に標高の高い山で、県境尾根上では最高峰となっております。

このシラブ峰擁する女川山塊と申せばよいでしょうか、この山域は標高の高い山がない割に奥が深いので麓集落から大きく見えないが故に信仰されることはなかったようです。

しかし地元民にとっては大切な生活の糧となる山菜が豊富に採取され、また猟師にとっても重要なところだったことが多く偲ばれるところがあります。

さらに鉱物資源が豊富に採れるということで、麓の人々にとっては宝の山であったのではないかと思われます。

日本全国に山と共に生活している人々は数多く居られようかと思いますが、この女川流域の山麓に暮らす人々も同様であり、自然崇拝こそされた形跡はなかったものの神様が授けてくれた山の幸、恵みを大切に扱い、素朴に麓の人々に大事にされ、そして崇められてきた山域だったのではないかと私は思っております。

 

また、その山の恵みを争ったのか、未だに新潟県と山形県で県境が確定されていないところが一部残されているようです。

 

そんな県境尾根の最高峰であるシラブ峰には以前からずっと行ってみたいと思っておりました。

なかなか日程等の都合で機会に恵まれませんでしたが、いよいよこの早春に訪れる時が巡ってきました。

経験がまだ浅い私ごときが言うのも何ですが、今のところ他の山域の登山道の無いところと比べるとこの山域は格段に難しいように思えます。

あくまで私個人的に思うことですが、飯豊や朝日のバリエーションルートなどは女川山塊に比べれば天国のようですし、越後三山や谷川連峰周辺も藪は濃いものの残雪期であれば厳しさはそれほどでもありません。

 

女川山塊の尾根は全体的に狭い尾根で支配され、時にはとんでもないまるで氷でできた綱の上を渡っていくような痩せ尾根やあまりに尾根が痩せすぎて地面は崩落して無くなり一段高いところに細い木の根が伸びてそこに苔が付いているだけのようなところの通過を余儀なくさせられたり、さらに標高は低いもののアップダウンが激しく壁状になった雪を何度も乗り越えて行かなければならなかったりで、通過困難な箇所があまりにも多く、私はいつも恐れおののきながら登っておりました。

感じとしては少し規模が小さい川内山塊といった雰囲気でしょうか、もしかしたら川内山塊より厳しいかもしれません。

 

そんな厳しい山域に聳えるシラブ峰は入山者が少ない分データーが少ないのは仕方がないことです。

まずはどのルートで行くべきか、その選定から始めなければなりません。

決められた登山道を歩かされるのと違って自分でルートを自由に決められるところは大きな楽しみがあります。

自分で考えたルートが上手くいって無事に登頂したときの喜びはいつも以上に大きく感じます。

しかも人と会うことはまったく無く、大自然の中で「山に来たんだ」という実感が湧き、日常の喧騒から離れて本当に楽しいひと時を過ごすことができるのは登山道の無い山に足を踏み入れた時にしか味わえないものだと思っております。

 

さらにルートを選定するために地図をよく眺めていると、いろいろな山の姿が見えてきます。

山や川の形などはもちろんのことですが、古道や踏み跡まで考えるようになります。

地図上には書かれておりませんが、ここ周辺は柳生戸街道と言われる村上市の塩野町付近から塩を運ぶ道がついていて樋ノ沢川沿いから県境尾根の烏帽子岩を通過し塩野町に抜ける古道が今でも残っているそうですし、それ以外にも小国町と関川村、あるいは村上を結ぶ峠道などが縦横についていたとされており、そんな地図に載っていない歴史の道がいろいろ調べているうちに浮上してきます、さらに山菜取りや猟師などによって踏み跡がつけられていそうなところまで考えるようになると、楽しみは無限大に広がっていきます。

 

シラブ峰に登るには地図上では取付けそうなところが多くありすぎて、どこにすればいいかこれと言った決め手がなかったので現地まで偵察に行くことにしました。

その偵察では栃倉集落の民家裏あたりから取付く尾根か荒沢集落から三本派生している尾根のうち一番奥の三面寄りの尾根が取付きやすそうだと判断したのですが、しかしまだどうしても私の中で何か絞りきれないところがあって、中条の亀山さんに意見を仰いでみることにしました。

その結果、荒沢集落最奥の蕨畑から尾根に取り付いて途中から柳生戸街道と合流して県境尾根の894.4m峰に出るルートがいいのではないかということに落ち着ました。

私が選定していたルートは地図を見ると確かにどれも山頂手前が崖状になっていて通過ができるかどうか分からない感じで、その部分に関して実は私も懸念していたところがありました。

亀山さんのアドバイスのお蔭で、心のもやもやは消え、距離はかなり遠回りになりますが、確実なコースを辿るということで自分の中で決着できました。

しかもこのルートですと地図上に山名記載無しだが三角点のある894.4m峰と赤芋という不思議な名前の山頂を通過することができる面白さもあります。

 

 

登山当日、朝4時に起床するつもりがいつのまにか目覚ましを止めてしまっていたようで5時すぎに起きてしまいました。

急いで登山口に向かいましたが、歩き始めは640分になってしまいました。

荒沢集落の終わりから林道を進みますが、林道上の雪はいわゆる腐れ雪というやつでずぼずぼと足首から脛くらいまで潜ります。

しかも表面だけが凍っていて足を置いた時は潜らず、体重が掛ると潜るという非常に始末の悪い状態で歩いておりました。

蕨畑まで来ると樋ノ沢川に架かる橋を渡らなければならないのですが、遠回りになるので浅瀬を渡渉し尾根に取り付きました。

尾根に取り付いても相変わらず腐れ雪は変わりません、しかも蕨畑から先はすぐにこの山塊特有の痩せ尾根が始まりました。

地図で見る分にはそれほどでもないのに、いつも女川山塊はこうなります。

両側がスパッと切れ落ちた巾30センチの痩せ尾根上に幅1m、高さも1m程の雪がバランス良くというかちょうど悪くというかポコポコ乗っかっていて、その雪の上を通過しなければならないヶ所が次から次へと現れました。

距離的には3mくらいから長いところで15mくらいだったと思います、しかも登り下りが激しく木の枝や根っこに掴まって後ろ向きに歩かなければならないようなところも多く通過しました。

「こんなことではシラブ峰の登頂は無理、ただでさえ寝坊しているのに…。」歩けど歩けど肝を冷やすような厳しいヶ所の連続に辟易し、いい加減にしてほしいと思い始めた頃ようやく痩せ尾根は終わり、しかもこの辺りから踏み跡と鉈目が出てきました。

位置は地図の561m峰の一つ先の無記名のピークです、ここが樋ノ峠というところなのでしょうか?おそらく柳生戸街道と合流したのでしょう、柳生戸街道は素直に尾根を通らず樋ノ沢川沿いをしばらく進んでからトラバース状に斜面を登って尾根上に出るように付けられているようです、素直に尾根通しに道を付けなかったのはもしかしたら今ほど通過した悪場を避けるためだったのかもしれません。

 

 

とにもかくにもやっと歩きやすくなりました、徐々に尾根も広がり美しいブナ林に安堵しました。

しかし今までのロスを取り返さなくてはならないので、先を急ぎました。

アップダウンがあってなかなか高度が上がらず、最後に長い長い急登を終えるとようやく県境尾根の894.4m峰に出ました。

ここから烏帽子岩に向かう柳生戸街道と別れ、左の赤芋方向へと向かいます。

烏帽子岩方面に伸びる尾根はそれほど悪場はなさそうに見えます。

ところが左に伸びる尾根は違います、せっかく厳しい区間は終わったと思っていたのに、左に伸びている尾根は痩せていてぼろぼろに崩れた雪庇が私を迎えてくれます。

さすが女川山塊の県境尾根です、予測していた立派なものとは違い、県境という主尾根なのに細く荒々しく切り立った厳しい県境尾根でありました。

 

時間はかなり予定より遅れていて、この状態では本当に登頂は諦めなければならないのではと考えるようになっておりました。

この先、肝を冷やすような危険ヶ所はそれほどありませんでしたが、細い尾根に藪、それから嫌な残り方をしている雪のせいでとにかく歩きにくく、行けるところまで行こうと思って進みました。

幸いなことに赤芋からはルンルン気分で歩けるような広い雪原状になり、距離を稼げるようになりました、楽あれば苦ありです。

ただ、日没までに下山するとなるとおそらく山頂手前で引き返さなければなりません、どうしようか迷いながら進んで行き、ひとつ手前のニセシラブ峰を越え本当の山頂手前で愕然となるような悪場が待ち構えておりました。

「もうここまで来たら行くしかない」そう決心し、木の枝に慎重に掴まり最後の細い壁を登りきると一際高い山頂へとやっと辿り着きました。

新潟県側は頭布山が大きく屏風のようになっていて光兎山の姿はほんの僅かしか見えません、頭布山の脇に2センチ程度ちょこんと三角形の山頂が辛うじて見えました。

山形県側は小国市街が見えます、赤芋や894.4m峰から下界はほとんど見えず、おそらく五味沢辺りの一部分が見える程度でしたがシラブ峰まで来ると小国の街並みが見えるようになりました。

朝日連峰が間近に大きく見え、飯豊連峰は遠くに見えます。

 

おそらくシラブ峰とは漢字にすると白布峰という文字になるかと思われますが、これは山頂の岩肌が白っぽく見えるところからか、雪を纏った姿が白い布を被せた様に見えるところからつけられたものではないかと思われます。

山形県側から見るとシラブ峰の奥に頭ひとつ飛び出して頭布山が聳えております。

通常ずきんとは「頭巾」の漢字があてられますが、この山は「頭布」となっていて、白布峰より頭ひとつ高い山という意味なのではないかと推測します。

女川山塊に聳える主峰が二つ合わさって山名を築いている、そんな山名由来の面白さも感じながら山行を楽しめました。

 

さて時間的な問題からあまり登頂の余韻浸っていることはできず、会山行で2センチだけ見える光兎山の先っちょに今日、登ったであろう下越山岳会会長の佐久間さんに「下山は日没に間に合わないかもしれないが、大丈夫」とのメールを送って早々に下山を開始しました。

またあの嫌なところをたくさん通過しなければならないと思うと気が滅入りましたが、仕方がありません。

我慢して通過し、まだ明るいうちに何とか蕨畑まで下り、渡渉を終えたころヘッデンを出すくらいの暗さになっておりましたが、あとは林道を歩くだけ、再び腐れ雪に汗をかかされながら、荒沢集落へと戻ることができました。

 

下山後、体はかなり疲労しておりましたが心は充実しておりました。

肝を冷やすような危険ヶ所も多くありましたが、こういった冒険的登山は本当に楽しいものです。

それは危険ヶ所通過が楽しいという意味ではなく、登頂できたということもありますが、先ほども書いたように、自分で決めたルートで人工的な物は何もなく、そこに有るのはまったくの自然のみ。

大好きな飯豊や朝日山行でさえ小さくかすんでしまうほど通常登山では味わえない、この面白さからちょっと抜け出すことができそうもないです。

「変な山ばっかり行って、会長の佐久間さんには御心配をお掛けしますが、無理はしないようにしますので勘弁してくださいねー。」

それから中条の亀山さんには下山報告を簡潔に連絡させて頂きましたが、シラブ峰はこんな感じで行って参りました。

アドバイスどうもありがとうございました、それからまた余計な生意気なことを書いてしまいすいません、この山域は私も大好きなところなので、つい余計なことを書いてしまいました。

 

 

シラブ峰山行から3日後、会社では健康診断が実施されました。

会社役員の検便が行方不明のまま当日を迎え、多くの物議を醸しているのをしり目に、私の体重と血糖値は下がり、ウエストは3センチ近くも減っておりました。

これはジョギングをしたことによるものではなく、シラブ峰山行で溜まっていたお腹の栄養分を爆発させたことによるものであることは明らかです。

皆さんも普段から切磋琢磨し、お腹に栄養分をいっぱい貯蔵してみてはいかがでしょう、登山の最中いざという時には必ず役に立つのではないでしょうか?