113日 朝日連峰 友情登山

日暮沢ベースに狐穴小屋まで

 

今年は気温の高い日が続き、なかなか山に雪が積もりません。

たまに肌寒い日があり、一時的に山肌が白くなったりする時もありますが、根雪にならずにすぐに解けてなくなってしまいます。

雪が少し積もったら、初冬の飯豊と朝日に行きたいと思っておりますが、なかなか雪が積もらないことと、休日になるたびに天候が崩れ、思うようにいきません。

根雪が積もる時期になると飯豊や朝日には容易に入ることができなくなりますが、しかしまだまだ厳冬期と比べれば天国のようなものです。

ただ、体が寒さに慣れていないこと、雪の上を歩くことに足が慣れていないなど、あるいは防寒用品等で荷物が重くなり、どうしても肉体的に辛い山行になってしまいます。

しかし天気が良いと、青空に霧氷、あるいは降り積もった雪がキラキラと輝いて、鈍感な私でさえ大変に美しく感じます。

 

入山しやすい6月から10月頃にかけては登山者も多く、夏の高山植物の彩りや紅葉などに人気が集中していることと思いますが、山の厳しさや自然の脅威と神秘、下界では絶対に見ることのない山の表情がダイレクトに伝わってくるのは冬の時期です。

花は高山でなくとも、下界にもたくさん咲いております。例えばチューリップ園やヒメサユリ園やダリヤ園などに行くと畑には色とりどりに花が咲いています。

私のようなガサツで繊細な花心の良く分からないような人間にはニッコウキスゲもシラネアオイもチューリップもヒマワリもみんな同じにように見えてしまいます。

近所の公園に行くとたくさん群生しているヒノツメ草(あのクローバーと一緒に咲いている白い花)なんかは遠くから見ればハクサンイチゲとどこも変わらないように見えてしまいます。また、家の便所の脇付近にハクサンイチゲが咲いていると思ったら、良く見るとそれはドクダミでした。

紅葉にしても特に山に登らなくとも、素晴らしいところがいくらでもあります。

ところが冬山特有の霧氷や雪の風紋模様であるシュカブラ、あるいは厳しく凍てつく世界は下界では到底見ることができません。

 

そんなことで今年最後の〆の登山をしに飯豊、朝日へ行こうと、根雪が来る日を待っておりました。

しかしそんな矢先に朝日連峰狐穴小屋の管理人あだちゃんの弟子である伊藤さんから「113日は人手不足だから手伝いに来てー」とのメールが入りました。

私は「手伝いってなんだ?」と思いつつも、たまに要請があった時くらいは応えようと、まだ茶色い朝日連峰に向うことにしました。

 

朝日は飯豊より比較的体力面ではやや楽です。ただそれは日暮沢や古寺鉱泉、朝日鉱泉中つるコース、白滝コース、泡滝などに関してのことで、大井沢や三面口、御影森山コース、葉山、五味沢コースなどは長大な健脚向けの、かなり体力が要求されるルートです。

ただ長大なルートの方が見所は多くあり、山の趣や楽しさ、面白さはそちらのほうに分があることでしょう。

 

それでは久しぶりに大井沢から天狗経由の8の字周りで行こうかなとか、いろいろ考えてみましたが、伊藤さんからのメールで「マッチなら日暮沢から登れば4時間くらいで狐穴小屋に着くよねー?」と言われました。その日、伊藤さんは夜勤でちょっと早めに下山しなければならないとのことでした。大井沢から天狗経由で狐穴だとどうがんばっても56時間はかかります。遅くなっては申し訳ない、しかし日暮沢からでも4時間は厳しいのではないか?いつも日暮沢からだと大朝日岳経由で狐穴に向かうので、竜門直登で向かうことはほとんどありません。過去の記録を調べてみると一度だけありましたが、4時間半くらいかかっておりました。

 

登山口の日暮沢小屋付近は一部紅葉が残ってはいるものの、ほとんどが葉を落としきっていて、冬支度を終えた木立の中を今回は本気のスピード重視で狐穴に向かうことにしました。走れるところはできるだけ走って、11月だというのに汗だくになりながら、疲れた足をひきずりながら必死で狐穴に向かいます。

山々はすっかり初冬の様相になっており、まるで水墨画の中を歩いているようです。

ユーフン山付近からは風が冷たくなり、いつ雪になってもおかしくないと感じました。

稜線上で冷たい季節風に吹かれながら、狐穴小屋には結局3時間45分くらい掛かって到着できました。

 

小屋に着くとあだちゃんたちの他に環境庁の腕章を付けた人たちが居られました。何でも今回は保全事業の検査をしているとのことでした。

私の手伝いは何なのか相変わらず良く分かりませんが、とにかく言われるままに写真を撮って無事に作業が終わりました。

そして軽い酒盛りが始まります、私は行動食にもなると思い、クリスマスの時期になると売り出される、あのお菓子がいっぱい詰まっているサンタさんの長靴を今回は持って行きましたが、ちょうどいい具合にその長靴は一足早い伊藤さんへのクリスマスプレゼントになりました。

伊藤さんは以前に以東小屋の管理人をしていたことがあり、大変な働き者で、こんな良い弟子に恵まれたあだちゃんが羨ましく思えます。

 

狐穴小屋にはあだちゃんにそっくりなこけしが飾られており、なんでも特注品であだちゃんのために作られたこけしだそうです。

 

私自身、これまでいろいろな山小屋に泊まらせて頂きましたし、いろいろな管理人さんに世話になりましたが、狐穴小屋での宿泊は本当に楽しく思います。盛期の混雑した狐穴小屋に泊まった時にも、宿泊客にあだちゃんが声を掛け、みんな揃って宴会がわいわいと楽しく宴会が始まります。そして翌朝は宿泊客全員が笑顔で小屋を発って行きます。

自分自身でも今年、ほんのちょっとですが、飯豊の門内小屋の管理人をさせてもらいました、しかし宿泊客をあんな風に楽しませることはなかなかできません。

私が泊まった時はいつも、他の宿泊者がすっかり居なくなってしまっているのに、いつまでも私は寝袋に入ったままゴロゴロ、掃除をしているあだちゃんに邪魔がられます。

 

それにしてもあだちゃんは還暦を迎えているにもかかわらず、茶色い長髪をしており、私としては羨ましい限りです。環境庁の方々も交え、皆さんで茶髪は不良では?とか、あるいは薄毛等についていろいろ議論しあいました。

 

それから会話の中で特筆すべきは、環境庁の人がノース何とかというメーカーのテーピングが内臓されていて、確か膝や腰が守られるのだったか、血流がどうのこうので疲労回復が早いのだったか、とにかく履くとパッチリとしていて窮屈そうなズボンというかモモヒキを勧めてくれました。

※後日調査した結果、それはタイツという代物で、ワコールというメーカーから発売されているCW-Xという商品が有名だそうです。

しかし私は「モモヒキなら福助が一番いいよ」と答えると、一同納得、うなずいておりました。福助のラクダのモモヒキは履いてもあんな窮屈ではなく、非常に履き心地がいい上、暖かくて速乾性も抜群です。寒い時期の登山にはラクダの上下が欠かせません。

それから手袋に関して、私はゴム手袋を着用しますが、伊藤さん曰く「便所掃除で着用」ということですが、防水性に優れ、指先もよく利き、寒い時などは中に軍手をすると、とても暖かくなります。

モモヒキやゴム手袋に関して、皆さん感心しきりで目からウロコが落ちたのではないでしょうか、「下山したらすぐにモモヒキとゴム手袋を買いに行こう!」と一同の顔に書いてあるような気がしました。

それに、これを読まれている方は非常にラッキーです、早めの購入をお勧めします、早く行かないと売り切れてしまいますよ。

と、まあそんな非常にレベルの高い山談義に花を咲かせて、いつまでも話は尽きませんが、残念ながら帰る時間となり、今回はこれでお開きとなりました。

 

私はいつも人に左右されることなく単独で自由奔放に行きたいところを行ってばかりで、人付き合いは非常に悪く、お陰で人とのしがらみは少なくて済んでおりますが、そのかわりどうしても登山仲間が少なくなってしまっています。

山へ行くにしても、できるだけ人の居ない静かな山が好きですし、挙句の果てには登山道の無い山まで行くようになってしまいました。

決して人が嫌いなわけではありません、ただ自然が好きで、せっかく山に行っても人が多くいるようなところは自然があまり感じられなくて好きではないのです。

もしかすると我がままなのかもしれませんし、それとも自分で言うのも何ですが、ある意味変わり者なのかもしれません。

そんな私が人に誘われて山へ行ったり、人を山へ誘ったりすることは大変に珍しいことです。あだちゃんや伊藤さんとは何故だか非常に気が合うし、話しをしていると楽しく感じ、自分と同じ空気を感じております。

そんな気の合う友達に会うために一生懸命走って山に登ることもたまにはいいのではないか。今回は自分自身でも非常に珍しい、山や景色を楽しむためではなく友達に会うための友情登山として今回の日記を書いてみました。

 

あだちゃんも伊藤さんも「今日が今年最後の見納めだな」と下山途中に何度も朝日連峰の稜線を振り返っている姿が非常に印象的でした。

二人とも朝日連峰が大好きで仕方がないんだなと思いました。

私の場合は朝日も好きですが、飯豊も同じように好きです。二人のようにひとつの山に絞り込むことも、打ち込むこともできません。あくまでも朝日連峰一筋の二人が羨ましいと思いながら、家路へと向かいました。