化穴山と朝日連峰散策
平成23年10月8日~10日
はじめに
いきなり私事で大変に恐縮な話しですが、今シーズンは上信越方面の山々へ行く機会を多く作り、飯豊へは相変わらず門内、頼母木付近へ作業等で訪れる機会が何度もあり、門内や頼母木を多く訪れているとどうしてもプライベートでは本山や御西、大日あたりに行きたくなってしまいます。
そうなると、去年までは一生懸命通っていた朝日連峰へ行く機会が大幅に減ってしまっておりました。
さて三連休はどこに行くか、天気は良さそうだし、選択肢はいろいろあり随分と迷いました。
「みちのくの山にも行きたいし…、うーん…。」、「そうだ!つちのこを捕りに谷川連峰に行こう!」。しかしつちのこは20代の女性の髪の毛が必要で、今からだと入手するのが間に合わない。「越後沢山は十字峡が土砂崩れで通行止めは解除になってないだろうから、入山しにくいし、どうしようかなー」
いろいろ考えてみても、考えがまとまらず、それに行きたいところがたくさんありすぎてなかなか決まらない。あまり悩みすぎて髪の毛が抜けてきたので、少し気分転換に新潟の西堀ローサで中古CDフェアをやっているということなので、そこに行ってみることにしました。
店内に入り、ぶらぶらと陳列してあるCDを見ていると映画の主題歌にもなった名曲で、死神という曲が流れてきました。
そういえば前回の登山日記の飯豊巡礼でいろいろな神様、仏様にお参りしてきたことを書きましたが、「死神を祀っている山はどこにもないな」と、この曲を聞いて、ふと思いました。
高いところに神様が宿ると信じられていた古代の人々の自然崇拝から、人里から良く見える山の頂には神様を祀る風習が古来受け継がれ今日まで至っております。麓から見える山はいつも山麓の人々を見守っている、言わば守り神が宿っているところでもあるのです。だからまさか死神なんて縁起でもない神様を祀るわけがありません。
しかし古代ヨーロッパでは山は悪魔の住処として恐れられていたという歴史があったそうです。
では麓から見えない山なら神様は当然、祀られてあろうはずもなく、人が入ることのない奥深い山、悪魔が潜んでいそうな山は何処かにあるものだろうか?
そんなことを考えてみると、すぐに私の頭の中には化穴山の三文字が浮かんできました。でも悪魔というより獣的とでも言うか、何だか物の怪でも潜んでいそうな感じの山名ですよね。
朝日連峰は信仰の山ではなく、狩猟の山ということです。しかし本来は飯豊と同じ大峰山の熊野修験者が修行を積んだ信仰の山だったそうですが、すぐ近くには月山があり、そこで修行を積んでいた羽黒修験者と宗教対立が起き、朝日の修験者が負けてしまい、神仏が破棄されたという歴史があったそうです。それ以来、朝日連峰は神仏を祀る事ができなくなり、山麓民にとって狩猟中心を余儀なくされた山域となってしまったようです。
というわけで、前置が長くなってしまいましたが、私にとって最近めっきり忘れていた朝日連峰、その中でもとりわけ秘境である化穴山へ秋になったら行きたいと思っていたので、一日は化穴山へ日程を割き、残りの日は朝日連峰主稜線で適当に遊んでこようと急遽、直前で思いつき計画を立てました。
山頂にまさか死神なんて祀られてはいないでしょうけど、映画の点の記で、やっと登頂したら山頂に鍚杖が置かれてあったというのと同じように、ようやく登頂すると化穴山山頂には、あの死神の持つ大きな鎌があったなんていうとロマンがあると思いませんか?できれば大鎌をひっそりと置いてきたいなんて考えておりました。
10月8日
久しぶりに何度も通いなれた道を泡滝ダムに向かって、車を走らせます。車内にはもちろん死神がBGMで流れております。
今日は大鳥池まで行けばいいのだから、あまり早く着いても暇なので、ゆっくり家を出ました。
今回の食料や装備は非常に贅沢に、いつものことですが軽量化などまったく考えず、80ℓのザックにどんどん詰め込み、おかげで荷物は25kgにもなってしまいました。
でも大鳥池まで我慢するだけです、いつもなら1時間30分くらいで着くところ、ゆっくり歩いて、約2時間近くかけて大鳥池に到着しました。
着いてから、しばらく大鳥小屋管理人の藤井さんとしばらく話しをし、テントの設営にかかりました。
それから化穴山の登山口となる三角池へ取付き箇所の偵察へと向かいました。
三角池手前の付近を見ながら歩いていると、尾根状になっているところに、薄っすらと獣道らしき跡があり、ここだとすぐに分かりました。
私自身、残雪期に茶畑山、戸立山、以東岳経由で化穴山に登頂したことがありますが、このルートは始めてです。一応、このルートは化穴山へ登る一般的なルートとでも言うのでしょうか、要は銀座通りということになります。
偵察も無事に終え、あとは明日にそなえてゆっくり休むだけです。
10月9日
眠い目をこすりながらテントから這い出ると、辺りは霜が降りて白くなっています。「道理で昨日は寒くて眠れなかったわけだー」。
大鳥小屋の前まで来ると、ツアー登山の御一行様がぞろぞろと以東岳の方に向かって歩き始めていて、見たところ三団体はいそうです。昨日はかなりの大勢の人が大鳥小屋に泊まっていたようです。その人々を見た瞬間、「うわー!テントで良かったー!」それに「今日は以東岳ではなく、化穴山で良かったー!」とつくづく思いました。
尾根の取り付き箇所に到着し、獣道を見失わないように慎重に歩きます。しかし藪の中に薄っすら見える程度の獣道のうえ、半分くらいは途切れております。下草の霜は解け、頭上の木の葉からは露が降り注ぎ、全身ずぶ濡れで、シャワーの中を歩いているような感覚です。作業着からは雫が滴り落ちるほどびしょびしょになりました。軍手は濡れると嫌なので出しません、素手で藪の中を進みました。
テープ標識が結構多くあり、また古いものでしたが鉈目も多くあるので、ルートとしては間違っていないことが分かります。
樹林帯の中は薄い藪で、獣道は途切れがちですが、あまり苦労せずに歩けます、しかもあまり急な登りがありません。考えてみればそれもそのはずで、大鳥池の標高が約1000mで、化穴山の標高は約1500m、高度差はたったの500mしかないのですから。
気持ち的にかなり余裕を持って、鼻歌を歌いながら歩いておりました。「♪らーらーっらーらあら、don’t fear the reaper♪死神なんて怖くない♪」
標高1350mでちょっとしたピークに出ると、樹林帯が終わり、今度は灌木帯に様相が変わり、高度差は残り僅か150m程度ですが、目指す化穴山はまだ遥か遠くに見え、鼻歌を歌っているような余裕はなくなってしまいました。
相変わらず急登はありませんが、低い灌木は密で生い茂っていて獣道はまったくなくなり、なかなか前に進むことができません、見渡す限り延々と灌木帯が続いております。
顔や手は枝につつかれ、足の脛には木の根元がゴンゴン当たり痛くて大変です。
大体の山は灌木帯の他に笹薮や草原帯が交互にあり、体や気が休まる所があるものでしたが、ここは違っていて、以前、残雪期に歩いていて概ねの予測はしていたのですが、本当にまったくの灌木帯だけの、癖の無い正しい藪歩きの尾根でした。
そして、ようやく最後の最後に草原帯となり、大変に美しい、とても綺麗な化穴山山頂に立つことができました。
それにしても、人が居ないのは想定内のことでしたが、熊などの動物も居ません、孤独なものですねえ。それから楽しみにしていたキノコもまったくありませんでした、今年はどうやら不作の年のようです。
化穴山にはいろいろな説があり、狐や狸を想像させる山名には猟師が命名したという説や化とはハケあるいはハッケという崖の方言が化に転化したという説等がありますが、これだと穴の意味が何なのか分かりません。
朝日連峰は信仰の山ではなく狩猟の山ということは最初に書きましたが、他に朝日連峰には狐穴というところがあり化穴と同様で、獣あるいは動物的な雰囲気が感じられます。これらを考えるとやはり地元猟師が命名したのではないのかなんて思うのですが、どうでしょう?
そう言えば以前、下越山岳会の山行文で私は朝日連峰の狐に化かされたことを書いたことがありました。他の山で狐に化かされることなど、ほとんどありませんが、朝日連峰はそれだけ野生動物の宝庫ということになります。どのような化かされ方をしたのか、詳しい内容については、またこのホームページでも書こうかと思いますが、それはまたいずれ、次の機会に譲りたいと思います。
下山は三回も道を間違えました、地図を良く見ていて、間違えやすいポイントに来ると、慎重に進むのですが、それでも三回も間違えてしまったのです。全体的に広い尾根といい加減に付いている獣道につられてとんでもない方向に進んでいってしまったのが原因です。
それでも道間違いは大変なことになる前に何とか気が付いて、大事に至らずに無事に三角池へ戻り、誰も居ない大鳥池のテント場で一人寂しく二日目の夜を向かえました。
10月10日
今日の行動予定は、まずは以東岳へ行き、稜線をできれば南寒江山まで行きたいと思っておりました。
朝日連峰はとても紅葉が綺麗な山ですが、稜線上では特に狐穴から寒江山、南寒江山付近にかけて私は一番好きだからです。深山はブナの黄色が目立つ中で、この辺りは赤い色も多く見られるところだと思います。
テントから出ると、昨日の青空が減り、雲が流れるように覆いかぶさっています。
山の天候変化は早い、何時頃崩れてくるのか分かりませんが、とにかく足早に以東岳へと向かいました。
空はどんどん黒い雲が広がり、狐穴小屋に着く頃には今にも降り出しそうなほどになっています。寒江山は諦めた方が無難なようです。
狐穴小屋をのぞくと管理人のあだちゃんが片付けをしております。「よお!久しぶりだなー」、「おーい伊藤!珍しいのが来たぞー!」。狐穴小屋管理人のあだちゃんとはお友達で、久しぶりの再会に涙を流しながら抱擁しあいました、というのは嘘ですが、凄く喜んでくれました。
そしてあだちゃんの弟子?伊藤さんは実はまだうら若い20代前半の女性で、私とは糖尿病仲間でもあり、楽しい血糖値上昇コンビです。伊藤さんと久しぶりの再会に涙を流しながら抱擁しようと思いましたが、怒られそうなのでやめました。
※後日、伊藤様本人より「あたしは高血糖ではなく低血糖だよ」と御指摘の連絡をいただきました。楽しい血糖値上昇コンビではなく愉快な血糖値でこぼこコンビに変更させていただきます。御覧になられた皆様方には大変に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。ここに訂正と深くお詫びを申し上げます。
あだちゃんに「ビールでも飲むけ?」と聞かれて、この空模様なので急いで帰らなければならないと断わりました。それに今日は帰る日なので車の運転もあります、私は真面目なのでいくらあだちゃんの酒でも飲むわけにはいきません。
でもやっぱり…「あー美味しい!」。いつもいろんな山小屋の管理人さんには御馳走になりっぱなしで申し訳ありません。
しばらく世間話に花を咲かせ、日本の未来について、嘆かわしい世論について、あるいは血糖値について屈託無く議論を交わし、まだまだ話はつきませんが、今にも降りだしそうな空に黒い雲が垂れ込め、ガスが稜線を覆い始めてきたので、そろそろ下山開始。しばらく歩いてから気が付きましたが、伊藤さんに髪の毛少しゆずってもらえばよかった、「まあいいいや下山したら電話して送ってもらおう」そう考え、とにかく早々に以東岳へと戻り始めました。
雨が降る前にテントの撤収とパッキングを済ませたいと思うのですが、紅葉に見とれてしまい、なかなか前に進みません。
私的には紅葉に関して、飯豊より朝日のほうがずっと好きです。稜線のいたるところに赤と黄色のじゅうたんが敷き詰められており、「もし天気が良かったらどれほど綺麗なのだろう!」日暮沢から竜門山にかけても凄く綺麗だけど、この辺も本当に綺麗です。
せっかくだから景色を良く見て進むことに方針を変更し、ゆっくりと大鳥池へ下山しました。そして無事に雨にもあたらず登山口へと戻ることができました。
車に戻り、着替えていると雨が降り始め、ギリギリセーフで泡滝ダムを後にしました。
終わりに
登山道具が劇的に良くなり、登山口までの道路が整備されアプローチや登山道が良くなり、誰しもが簡単に山へ入れるようになった近年ですが、主稜線から外れ、人が訪れることは稀な、ひっそりと奥三面に佇む秘境の山、化穴山は相変わらず美しい自然が残っている大変に素晴らしい楽園でした。
化穴山を死神から連想したり、あるいは大鎌を置いてくるなんて馬鹿なことを考えてしまい、とても恥ずかしくて穴があったら入りたくなりました。でも残念ながら化穴山や狐穴には名前のような穴は開いておりませんでした。
朝日連峰の流域面積は新潟県よりも山形県の比重がかなり多い山域です。しかし登山口はありませんが、以東岳や化穴山は新潟県にゆかりが深く、奥三面の山なのであるということは山頂からの景色で簡単に認識できました。
こんな美しい自然が残っていることを私は新潟県民として誇りに思っていいのいではないかと考えながら、帰途に着きました。
下山後、温泉に入ると手や腕は小さな傷だらけでお湯に漬けると大変に痛く、足は打ち身だらけで青あざだらけになっており、これには困りましたが、普通の登山と違い藪歩きは全身運動になります、驚いたのはぜい肉が落ち、腹が凹み、体が随分とスマートになっておりました。
素晴らしいダイエット効果にビックリです。是非、皆さんも一度試してみてはいかがでしょう?他のダイエットに失敗、あるいはリバウンドで前より太ってしまったなんて経験があるお嬢様や御婦人の方には特にお勧めしたいと思います。
コースタイム
1日目
泡滝ダム 1時間54分 大鳥池
2日目
大鳥池 14分 尾根取付き箇所 2時間57分 1446m峰 2時間 化穴山 2時間13分 1446m峰 2時間22分(道迷い三回) 尾根取付き箇所 13分 大鳥池
3日目
大鳥池 1時間47分(直登コース) 以東岳 1時間2分 狐穴小屋 1時間18分 以東岳 1時間48分(オツボ峰コース) 大鳥池 1時間28分 泡滝ダム