令和1年5月12日

 

柄沢山

 

 

 

日本山名辞典に柄沢山は山頂北部のナメリ平に高山植物が多いと書かれており、それならば是非花の咲く時期に訪れてみたいと思っておりました。

 

以前は巻機山から朝日岳の区間で登山道が整備されていたこともあり、また古くはこの界隈で新潟と群馬の間で猟をする人たちが往来していたという歴史もあって、柄沢山のお花畑は比較的気軽に多くの人たちが目にすることができたものと思われます。

 

またもっと古い時代に、この付近は清水峠をはじめ大烏帽子岳とジャンクションピークの鞍部を通過する軍用道の馬峠や七つ小屋山から湯檜曽川に沿ってつけられた直越えと呼ばれる峠道、などといった街道が古地図や古い文献を見るとその形跡を伺い知ることができます。

 

南魚沼郡誌によると、これらの峠群は上杉景勝の会津移封により、これに代わった堀直寄が坂戸城主となってから上杉移民暴動の鎮圧と地下人の逃亡や隣国と頻繁に起こる摩擦を避けるために峠の通行禁止令が布告され、これらの峠道に訪れる人がいなくなってからは荒廃して、廃道となったが、この禁止令は時代の推移とともに次第に緩み、徳川中葉以降に再開されるに至った、とされています。

 

そして交通の便が良くなった現在、これらの道を利用する必要がなくなれば廃道は必然となり、今となってはかつての歴史を刻んだ道として語り継がれているのみとなっております。

 

当時の人たちは盛期に高山植物咲き乱れる越後と上野国境を歩いて目を楽しませていたのではないかと思われ、そんな古の道を歩いてみたいなんてつくづく思います。

 

私自身は花にまったく興味がなく、花の名前が分からないどころか例えば「山で花を見るならチューリップ園に行けばいいのに」とか「ハクサンイチゲは学校の校庭の隅に同じようなのがいっぱい咲いていて、よく四つ葉のクローバーを探しているじゃあないか」程度にしか見ていません。

 

よく人にこんな話をして怒られているのですが、そんな私でさえも一応お花畑があれば少しはいいなと思うわけです。

 

以前は行きやすかったと思われるこの柄沢山も今となっては藪山と化しているので、訪れるにはそれなりの覚悟が必要と思われますので、ある程度残雪があるうちに行こうと考えていて、まるで夏のような日射しが降り注ぎ続けた5月の連休明けに、そろそろ行かないと藪が酷くなると思って万障繰り合わせの上、柄沢山を訪れてきました。

 

ルートとしては巻機山から向かったのでは面白くありません。

 

尾根を直登してダイレクトに柄沢山に出たいと考えて威守松山を経由して向かうことにしました。

 

ただしここは新潟県立魚沼連峰自然公園ですので、新潟県知事に入山許可を申請してからの入山となりました。

 

威守松山までは道が整備されていて、少しわかりにくいのですが清水集落の巻機神社から脇のあぜ道を山裾に向かって進むと山道が現れ、そこから入山してジグザグ道を登りきると巻機神社奥の院があります。

 

巻機神社は、以前は木花之開耶姫を祭る冨士神社とのことでしたが、木花之開耶姫は近くの十二神社に移され、巻機神社となった現在は巻機権現が祀られているそうで、巻機神社というからには私はてっきり機織り姫が祀られているものかと思っておりました。

 

そんな巻機権現様に今日の安全と登頂をお願いし、奥の院の前から延びる登山道を進み、いよいよそこから本格的な登りとなります。

 

最初のうちは急な上り坂となりますが、それほど距離は長くなく、ほどなく鉄塔のある広場へと出ます。

 

気温は上がりとても暑いのですが、ここは風が通り休憩するにはちょうどいい場所でした。

 

鉄塔からはしばらく緩い登りが続き、山頂手前から再び急登りとなりますがトラロープがふんだんに設置されていて、何故か私の場合は山を登るときにロープといった人工物に頼ることが嫌でついつい拒否してしまうのですが、私も大人になったのでしょうか?暑くて疲れるということもあって、ここはせっかくなので素直にトラロープを大いに使わせていただき、山頂まで登り切りました。

 

威守松山の山頂は360度の大展望で、素晴らしく景色の良い山です。

 

眼下には魚沼平野が広がり、すぐ目の前には巻機山が大きく聳え、それに続く米子頭山から柄沢山といった2000m級の山並みが覆いかぶさるように壁となって聳えています。

 

さて、威守松山までは単なる普通登山であり、ここからが本題となります。

 

威守松山から先は痩せた岩場に五葉松が生い茂る尾根となっていて、かすかに踏み跡も見られます。

 

そんな五葉松の枝をかいくぐり、岩場を越えるとすぐに灌木藪となりました。

 

尾根は相変わらず細いのですが灌木帯の中にも踏み跡が見られ、あまり苦労せずに進むことができます。

 

尾根は徐々に広がり、それに伴って雪堤も出るようになり、1340mからはすべてが雪の上を歩けるようになります。

 

それほど急斜面もなく、通過困難というほどのところがないまま1809m峰と柄沢山の鞍部に出ることができました。

 

もう少し苦労すると思っていたのにあまりにもあっけなく稜線に到達することができて、いい意味で驚いてしまいました。

 

やはり思った以上に残雪が多くあり、歩きやすかったことが一番の要因だったと思います。

 

もちろんこれほど残雪が多いということは高山植物など影も形もなく、その点については残念でした。

 

ここから群馬県側の豊富な残雪上を歩いて最後の一登りをして半分は残雪に覆われ、半分は笹薮となっている柄沢山山頂へと辿り着くことができました。

 

以前にここを訪れた時は生憎の天候で景色を見ることができなかったということもあって、花を見たいといった理由だけでなく、今日のような快晴の日に訪れて柄沢山からの景色を見てみたいという思いもありました。

 

越後三山から平ヶ岳と尾瀬に続く会越の山並み、それから谷川連峰といった上信越に続く名山が間近に望むことができ、とても素晴らしい景色を目に焼き付けて、後ろ髪を引かれる思いで柄沢山をあとにしました。

 

時間的には巻機山を周回して清水集落に下山することも容易であると思いましたが、下山後に行きたいところがあって時間的に難しかったので今回は断念しました。

 

でもせっかくなので時間の許す限り少しだけでも巻機山方面に進んでみたい思い、1809m峰を越えて次の1820m峰まで行って、そこで引き返しました。

 

この1820m峰と1809m峰の鞍部付近は越後乗越と呼ばれているところで、越後と上野の猟師や木地師が往来していたところとされています

 

高山植物が多いとされるナメリ平とはどこなのか詳しくは分かりませんでしたが早くに雪解けが進んだ箇所は灌木帯や笹薮となり、その傍らで少しずつ雪解け箇所は広がり、残雪の密度が徐々に薄くなってきたその隙間から草付き広場も多く露出し始めています。

 

そんな草付き広場には雪解けを待ちわびた高山植物がもう少しで咲き始めるようになるのでしょう。

 

まだ5月中旬だというのに柔らかな春の日射しを飛び越えて熱を帯びた夏の暑さに覆われた柄沢山も冬の装いを外し、いっせいに春が訪れているようでした。

 

今回は柄沢山のお花畑を見るという計画は叶いませんでしたが「代わりにチューリップ園にでも行こう」などと考えながら下山しました。

 

 

 

コースタイム

 

清水神社 1時間20分 威守松山 3時間10分 柄沢山 2時間10分 威守松山 1時間10分 巻機神社