令和3年8月29日

肘折温泉から月山

今年は仕事が忙しくて、秋口に急に二王子岳避難小屋の床修繕工事やエブリ差岳避難小屋の梯子の交換などの工事が舞い込んできたりしたことも忙しさに拍車がかかった要因となりました。

仕事で山に行けることは嬉しいのですが、やはり作業としては過酷なものです。従って山に行っても作文を書いている時間が無く、ずっとホームページを更新していませんでしたが、ここにきてようやく少し時間に余裕ができたので、以前から掲載しようと思っていた月山肘折ルートを数ヶ月過ぎてから悪い頭で一生懸命思い出しながら作文を書きました。

 

このルートは私の中で何年も前からあたため続けていたルートです。

月山は観光の山といったイメージがあり、私的には月山に登る場合は山に行くのではなく観光地に遊びに行くといったつもりでいつも登っておりました。

それはあの手向け道路と呼ばれる観光道路から8合目まで車が入り、大勢の観光客とごちゃ混ぜになりながら山に登るといったことを考えると、どうしても観光地といった負のイメージを抱いてしまうようになります。

大きな山体の月山は懐深く、本来は秘境のはずであろうと思われますが、幸か不幸かその山体は切り刻まれ8合目まで車道が付けられ、誰しもが気軽に観光登山ができるようになっている状況です。

しかしそんな観光道路を一度外れれば月山の本来の姿を見ることができるのではと考えており、肘折温泉口からのルートはずっと行きたいと思っておりましたが、なかなかタイミングがつかめないまま数年が過ぎてしまい、この超ロングコースは「まだ若いうちに体力が落ちる前に行きたい」そう思うようになり、そしてようやく今回、行ってくる運びとなりました。

昭文社登山地図での標準コースタイムは往復17時間程となっており、なかなか手強いことが予想できます。

そんなところを日帰りしようとなると、もし人に会った場合はトレランに間違えられるのも嫌なので荷物はわざと大きくし、作業着といったいで立ちで臨むことにしました。

そもそもここは登拝道であり、いわゆる神様に御参りしに行くための道です、そこを走るといった行為は罰当たりのような気がして、申し訳ないのだがトレランと混同されることに気が引けてしまいました。

肘折温泉に到着すると大きな旅館がいくつも立ち並んでいて、道路は狭いのですがいかにも温泉街といった街並みとなっていて少々驚きました、私個人的に肘折温泉は山間のひなびた風情の温泉場だと思っていました。

開湯は室町時代と云われる肘折温泉は僧侶が肘を骨折した時にこの温泉で癒したという言い伝えから名付けられたとされており、私もいつか機会があればこの肘折温泉に泊まってみたいと思いながら温泉街を通過しました。

温泉街を抜けてから登山口へと向かうわけですが、道がよくわかりません、地図を見ても非常に分かりにくく、標識や看板といったものがまったく無いので、付近を右往左往してやっと林道の入口を見つけました。

林道は荒れていないものか心配しておりましたが、整備工事をしており乗用車1台が通行するには十分で、特に悪路ということもありませんでした。

登山口には標識があり、数台程度の車を停めることができます、駐車場にはすでに一台の車が停まっていました。

いつか訪れたいと思っていた肘折温泉口からのルート、いよいよ出発です。

暑かった夏の残照をほのかに感じながら朝靄煙る登山口を後にしました。

出だしは緩やかな登りとなっており、尾根上ではなくトラバース気味に付けられた登山道を進んで行きます。

高度差はそれほど無いので上り下りが多いのだろうと予想をしておりましたが、トラバース道なので結構歩きにくいところもありました。

特に大森山西鞍部を過ぎた辺りからはゴロタ石の上を歩くようになり足元が安定しません、急ごうにも思うように距離を稼ぐことができずに、ちょっともどかしい気持ちになりながら不安定な浮石道を通過すると、やがて急な下りへとさしかかり最初の渡渉点に到着します。

この猫又川の渡渉を終えるとすぐにまた登りとなり、登ったと思ったら再び急下降、赤沢川の渡渉となりますが、渡渉点は2箇所あり、おそらく最初の渡渉は赤沢川ではなく小さな名前の無い小沢だと思います。

そしてここから急ではないのですが小岳に向かって再び登って行きます、小岳手前の木の階段は物凄く滑りますし、階段の前後は深く掘れていて水溜りとなっているので足を置く場所に苦労をして登らなければなりませんでした、滑る階段を登りきると急に目の前が開け、美しい池塘が現われます。

ここで大きな月山の姿を見ることができ、思わず足を止めてその雄大な景色に見入ってしまいます。

そして非常に残念なことにここからまた長い下りとなります、延々と続く緩い下りを終えると念仏小屋が森の中から忽然と姿を現します。

中を覗いてみると小さいですが綺麗に整備されていて、ここで泊まろうと思えば十分に快適だと思います。

小屋を通過し、水場の小さな小川を越え、少し進むと目の前には大きな草原が広がり木道上を歩くようになります、それにしても朝露に濡れた木道は滑りやすくて非常に怖い、ゆっくり進んで行くしか手立てがありませんでした。

ただ、この念仏ヶ原の景色は素晴らしい、広い草原に池塘が点在し、その奥に月山が大きく聳え、とても見事な景色を作り出しております。

ここまで誰一人とも会うことなくとても静かで、こんなに綺麗なところなのにまったく人がいないなんて、近年の登山事情では非常に珍しいと思いました。

「ここは凄く良いところだ」なんて思いながら進んでいると、やがて草原帯が終わり道は険しくなる一方、尾根は痩せ尾根となって急な激しい下りが延々と続き、ようやく下りきると川にぶつかって大きな橋を渡りました、こんなに奥まで来ているのにまだ大きな川を渡るということは未だに月山の懐に入り込んでいないような気がして、気持ち的に滅入ってしまいます。

この橋を渡ると急な長い登りが待ち構えておりました、しかも非常に足場が悪く滑りやすい沢床のような登山道を登って行きます、ここで体力を随分と消耗させられました、登り切ったところで休憩をしましたが、ちょっと長めの休憩をしてしまいました。

急斜面を登り終えても、緩やかにはなりましたが登りはまだまだ続きます、大きな木々は少なくなって時折尾根は草原状となり、確実に月山の山頂が近づいていることに期待をさせられながら進んで行きます。

やがて千本桜という所を過ぎると辺り一面が草原帯となって月山の山頂が間近に迫っていることを悟るようになり、ここから山頂は見えませんがほら貝を吹く音が聞こえてきます。

草に埋もれて見え隠れしている飛び石のような登山道を迷わないように注意しながら進んで行くと水場である沢に出ます、冷たい水で喉を潤おそうと喜び勇んで水を汲みますが、どういったわけか水は生ぬるく美味しくありません。

「まあ水が飲めるだけでもマシか」そう思いながら残り僅か、少し進むとここでようやく目の前に大きくなった月山の雄姿と山頂小屋が見えるようになります。

ほら貝の音色は益々大きく聞こえ、そんな山頂を目指して草原に埋もれて不明瞭となった登山道に注意しながら進んで行きました。

山頂が近づくにつれ多くの登山者の姿が確認でき、今までの静寂が破られてがっかりしてしまいます。

時刻はちょうど昼時で、多くの登山者がシートを敷いて昼食を食べているのが見えます。

最後の斜面を登り切って山頂小屋に出ようとしたところで何故か私は踵を返して下り始めました、

どうもあの賑やかな山頂には行く気になれませんでした。

今までのとても静かな山歩きとギャップが激しすぎたのか、せっかくここまで来たのだから山頂まで行けばよかったのにと思う反面、他に類を見ないあの念仏ヶ原の素晴らしい景観に惚れ惚れし、あまりにも静かな山歩きができたことに対する反動だったのか、つい引き返してしまったことに対して少し自分でも不思議でした。

人混みの山頂に行くのが面倒のような気がして、それだけこの肘折コースの静けさや素晴らしさは私の中でインパクトが強かったように思います。

とにかく自分でも分からないままと言えば変ですが、いつの間にか山頂の一歩手前で登頂せずに引き返してしまっており、もう悔やんでも仕方がない、とにかく日没までに下山しなければなりませんから、これから延々と続く帰り道、上り下りを何度も繰り返すことを考えると先を急がずにはいられませんでした。

延々と続く長い長い登山道を、いくつもの登り下りを通過して、滑る登山道を慎重に急ぎ足で進みながらどうにか明るいうちに登山口へと戻ることができました。

月山神社に祀られた月読命はいざなぎの神といざなみの神から最初に産まれた三貴神と呼ばれる三兄弟のうちの一人で、他の二人の兄弟は明治神宮に祀られた太陽神である天照大神と出雲大社に祀られた須佐之男命であり、月読命は兄弟たちに比べたら大きな神社に祀られておらず、しかも月山神社といった参拝しに行くこと自体が大変な山奥の神社に祀られております。

天照大神と仲違いをし、そんな太陽神と相反するように夜を選んだ月神は三貴神と言われる最高神の一人にもかかわらず陽の当たらない道を選ぶことになった不遇の神様です、そんな月読命に共感を得てしまうのは私だけでしょうか?

今回はそんな神様に挨拶をする直前で引き返してしまいました。

山中に湿原、塘静を湛える山は幾千数多とありますが、この静かで汚れを知らずに瑞々しく月山の懐深くに佇む念仏ヶ原の姿は別格であり、私はとても衝撃を受けてしまいあの素晴らしい景観を忘れることができずにいます。

この肘折から念仏ヶ原を通過して山頂に至るコースはもう一度、いや二度でも三度でも日帰りあるいは泊まりでまた訪れたいと思いました。

そして次に訪れた時は今度こそ覚悟を決めて山頂神社で月読命に参拝をしたいと思います。

コースタイム

 

登山口 30分 大森山西鞍部 30分 猫又川 40分 赤沢川 40分 小岳 30分 念仏ヶ原小屋 40分 清川橋 1時間20分 千本桜 1時間10分 ほぼ山頂 50分 千本桜 1時間 清川橋 40分 念仏ヶ原小屋 30分 小岳 25分 赤沢川 25分 猫又川 30分 大森山西鞍部 20分 登山口