烏帽子岩集中登山
3月27日
4月2日~3日
新潟県の関川村から三面にかけての区間、尾根上には烏帽子岩と呼ばれる岩峰が2ヶ所あります。
私は女川から三面にかけての山域に魅力を感じて数年前から通うようになりましたが、何しろこの山域は異様な山容をしており通過にも相当な困難を伴うところであります。
その中でこのふたつの烏帽子岩が特に難所となっております。
確かに簡単に行けるようなところではあまり魅力的を感じることはないですし、ここ数年でにわかに脚光を浴びて華々しくなった川内や毛猛の山々と違って、いかにも秘境中の秘境といった趣がいやがおうにでもこの山塊の魅力を引き立てているものと思われます。
さて、この山塊の烏帽子岩と言う平凡な名前のふたつの岩峰を区別する便宜上、関川村側の女川流域に端を発する烏帽子岩を女川烏帽子岩とし、そしてもう片方を三面烏帽子岩とします。
女川烏帽子岩については新潟県村上市と山形県小国町の県境尾根上にあり、今は廃村になってしまいましたが村上市の柳生戸集落から大峠を経て尾根を辿ってどうにか訪れることができるようですし、以前は村上市から小国に塩を運んだとされる塩の道と言われる旧街道が烏帽子岩脇を通っていて、その径形も未だに形跡が残っているようです。
私自身、この女川烏帽子岩は小国の入折戸集落から鷹ノ巣山付近まで登って、そこから県境尾根を辿って一度だけ登頂に成功しておりますが、他のルートでもいつか行ってみたいと思っているところであります。
そして、もう一方の三面烏帽子岩につきまして、こちらの烏帽子岩は県境尾根から外れたところにあり、古の径や旧道、街道といった歴史にまつわるようなものは一切なく、直接取り付ける尾根も派生しておりません。
その三面烏帽子岩に行くには小国側からまるで要塞の如く聳える鷹ノ巣山を越えて行くか、あるいは新潟県側であれば三面の鷲ヶ巣山を越えて遥々尾根を伝って行く以外に手立ては無いようです。
しかし尾根伝いといえども地図を見る限りではありますがそこは厳しい痩せ尾根や急峻な崖が多くあるようですし、尾根上には奇岩の峰々がいくつも連なっており、見るからに訪れることは非常に難しいと予測することができます。
私自身は2年前に小国の入折戸集落の村はずれからすぐに左の尾根に取付いて鷹ノ巣山に登ってそこから三面烏帽子岩を訪れております。
その時は烏帽子岩の下まで行って登ることができずに帰ってきました。
オーバーハング状になった烏帽子岩は触るとボロボロと表面が剥がれ落ちてくるので直登することはとてもできないと判断し、周囲を見ると左側に周れそうな回廊があったのでそこを行ってみましたが、そこも途中で沢に寸断されており、結局そこを通過することができず、登頂を断念して戻ってきました。
そんなふたつの烏帽子岩ですが、今回は三面烏帽子岩へ訪れようと二度にわたって向かった山行記録を書いてみました。
3月27日
2年前、三面烏帽子岩を登頂できずに帰ってきてからどうやって登頂するかずっと考え続けておりました。
やがて月日が経つにつれ「もしかしたら登れるところがあったのに見落としていたのかもしれない」、あるいは「前人未到というわけではないだろう、必ずどこかから登れるところがあるはずだ」といった想いが大きくなっていき、そしてもう一度行ってみてもっとよく周囲を見渡してみようと考え、再び鷹ノ巣山を越えて烏帽子岩に行ってみることにしました。
実は入折戸集落から鷹ノ巣山にはもう4度も登っております。
しかしあそこは何度行っても大変なところでありまして、避けて通りたいのでありますが他にルートがないのでそういう訳にもいきません。
鷹ノ巣山の周囲は痩せ尾根が張り巡らされており、また岩峰のようなところも多く有ってそれらの通過は容易なことではありません、毎回のように肝を冷やしながらおそるおそる通過している次第です。
あの途中から見える巨大な屏風のように連なって聳える岩峰群の凄まじさはまるで谷川岳の一の倉沢や御神楽岳の広谷川源頭の景色を見ているようであります。
そんなところをまた行かなければならないと思うと憂鬱で仕方がありません。
そこでおそらく大差はないであろうと思いましたが、今回はちょっとルートを変えて、入折戸集落から林道を2キロほど進んで三面との県境尾根を辿って鷹ノ巣山に行き、そこから烏帽子岩に向かうルートをとってみることにしました。
林道歩行はもちろん苦手なスキーを使いましたが、今年の正月にボーナスで買って新調したばかりのスキー靴を履いてのスキー歩行でした。
しかし当然ながらどんなに良いものを身に着けても私自身のスキーが下手くそなのだからどうにもなりません。
歩くのが下手くそな人がCWXを履いた瞬間に超絶高速歩行ができるものとは訳が違います。
また最近よく登山用具店の店頭にサプリメントが並んでおりますが、それらを摂取した瞬間にまるでポパイがほうれん草の缶詰を食べた時のように超人の如く変貌を遂げられるといったものとも違います。
せっかく良いものを買ったのに私にはそれを使いこなせるだけの技術がありません。
ところで少し話がそれてしまいますが、私はサプリメントを飲むと必ずと言っていいほど下痢をします。
以前に登山用品店の店員さんから「これを飲むと飛ぶように山を歩けるようになる」と言われて試してみたのですが、飲んだ後に山中でいきなり始まった耐えがたい腹痛に「早くトイレに行かなければ」と、飛ぶように山頂の山小屋のトイレを目指したことがありました。
また、CXWなどといったタイツの類も足が痛くなって、とても履いていることができません。
あの不快な窮屈加減はどうも疲れも倍増しているように感じます。
以前はサプリメントなど一切なく、山ではちゃんと普通の食料を食べていました。
またタイツなどと言った類の物も一切なく、自分の足の筋肉だけを頼って山を歩いていました。
それだけ登山用具が良くなったということでしょうけれど、それらの新しいものが良ければ大いに活用したいと思うのですが、古い体質の私にとって最新兵器の登山道具は合わない物も多く有るようです。
そもそもサプリメントを摂取したりタイツを履いて急にすいすい歩けるようになったら苦労はいりませんよね。
さてさて山の話に戻りますが、放射冷却でアイスバーンとなった林道は微妙な登り坂になっていて私のスキーではなかなか前に進まず、普通に歩けば30分程度で到着するところ、じたばたしながら1時間もかかってようやく県境付近まで辿り着くことができました。
困ったことに今日の体力はここで半分以上使ってしまいました。
これからようやく山登りとなりますが、昨日まで新雪が20センチも積もっていて結構ラッセルに苦労します。
出だしは広い尾根がしばらく続きますが、登り下りが激しくなかなか高度を上げることができません。
ただブナの木々に囲まれた尾根はとても綺麗で朝日連峰の山並みも見えてとても素晴らしい尾根でありました、途中までは・・・。
やがて鷹ノ巣山の要塞が間近に見えると、そこは割れた雪が嫌らしく着いた藪の壁が見えます。
「あそこはどうやって通過したらいいのだろうか?」
そう思いながら進もうとすると目の前が開け、そこには延々と続くとんでもない痩せ尾根が現れました。
いよいよ核心部に入ったようですが、あまりに厳しい様相に本気で帰ろうかと考えたほどです。
それにしてもどうしてこんなところが県境尾根になっているのでしょう?
貧相なほど痩せ細った尾根は落ちれば瞬間に命は無くなります、時間をかけて一歩一歩丁寧に進んでいくしかありませんでした。
やがて雪が割れた藪の岩壁をよじ登ると再び怖い痩せ尾根が続きます、そんなことを数回繰り返してようやく山頂直下、最後の急斜面へ出ました。
まだまだ高度にして300メートル近く登らなければならないのですが、不思議なことにこの急な斜面に木がまったく生えておりません。
今度は一転してまるで石転沢を登っているような広い斜面を本来ならば気持ちよく登るはずなのですが二日前から積もった新雪が膝までのラッセルとなり、私の足腰は悲鳴を上げながら坂を登りました。
急斜面から背後に広がる朝日連峰の峰々は大変に素晴らしく、時々景色を眺めては気を紛らわしながら何とか最後の急斜面を登り切り、鷹ノ巣山の山頂へと辿り着きました。
広々とした鷹ノ巣山の山頂はとても心安らぐところです。
要塞のような崖や尾根、奇岩で囲まれた周囲からは考えられないほどの穏やかな山頂はどこまでも展望することができ、ところどころに点在するブナの木々が見事なコントラストを見せてくれます。
しかしホッとしたのも束の間、これから向かう烏帽子岩は異様な形で立ちはだかり、さらに手前の痩せ尾根がまるで蛇がのた打ち回っているようにうねうねと登り下りを繰り返しており、時には不安定にちょこんと白く雪を付け、時には黒々と藪で覆われたその姿には恐怖心を覚えます。
「本当にあそこまで行けるのだろうか?」何だか前に行ったときに比べて一段と怖さが増しているような気がします。
それでもせっかくここまできたのだから帰るわけにはいきません、木の枝に掴まりながら斜面を登り下りし、不安定な雪の上を恐る恐る通過して、再び私は烏帽岩直下に辿り着くことができました。
2年前に来た時に比べて岩の崩落が進んでいるようで岩肌がボロボロと崩れ落ち、その残骸が烏帽子岩の根元を埋め、オーバーハング状だった部分が埋もれてきて随分と登りやすくなっているようです。
左も右もどう見てもやはり巻いていくことはできません、しかしロープさえあれば、上からロープさえ垂らせば何とか直登が可能なのではないか!
そう判断し、今回は烏帽子岩をあとにしてきました。
4月2日~3日
再び課題を持ち帰った私は、今度は反対側の鷲ヶ巣山から烏帽子岩に行き、烏帽子岩の上に立ってそこからロープを垂らそうと計画を立てました。
鉄は熱いうちに打たなければなりません、翌週すぐにそれを実行すべく私は再び烏帽子岩へと向かいました。
しかし鷲ヶ巣山は御存知な方も多く居られるでしょうけれど、登山道がまともに有るとは言え、体力的に非常に厳しい山で、それが原因でかなり不人気な山となっております。
たしかにあの異常なまで登り下りを繰り返す登山道はできるものなら行きたくないです。
私は以前に鷲ヶ巣山までのアプローチを少しでも緩和できないものかと考え小揚集落から小揚川を渡渉して派生する尾根に取付いて向かったことがありました。
しかしそのまともでないルートは大藪と通過困難な厳しい尾根筋に随分と苦労して鷲ヶ巣山まで辿りついたことがありました。
まあ当たり前といえば当たり前、通常のルートではないのですから・・・。
そして今回はいろいろ思案した結果、一泊の行程だったこともあって時間もあると判断し、やはりそのまともでない小揚集落からのルートを選択して鷲ヶ巣山を経て烏帽子岩の上部に至るといった計画を立てました。
12mmのロープを30m担いで、さらに渡渉のための徳長靴を担いで小揚集落から林道を歩きました。
約4キロの林道を歩き、取り付く尾根の手前で徳長靴に履きかえて小揚川を渡渉して、再び登山靴に替えてようやく登山が始まるといった具合の行程です。
このルートは今回で2度目となりますが、以前に登った時の苦労を考えるとやはり少し気が重いです。
飯豊で言うとダイコンオロシや二つ峰に似たようなあの大藪の急斜面の通過がある上に、整備されていないから当然なのですが痩せ尾根が崩壊し木の根っこだけで通過する場所や、酷いところなどは崩壊した斜面の上部にピラピラと苔だけが残っており、その苔を足場にして通過しなければならないようなところもあって、内容は盛りだくさん、面白いと言えば面白いのですが、随分と恐怖なところもあります。
それでも今回そこを選んだのはあの通常ルートがいかに辛いのか、まともな登山道コースを自分の中では自然と避けていたようであります。
そうはいえども藪を漕ぎ、アクロバティックな尾根を目の前にしたときは通常のルートを左側に見ながら「やっぱりあっちにすれば良かった」なんてことを何度も思いました。
体力的にはこちらの方が楽なのですが、やはり時間はかかります、重荷ということもあって鷲ヶ巣山には7時間以上もかかって到着してしまいました。
鷲ヶ巣山以降のルートは私自身初めてです。
どんな風になっているのか分かりません。
地図で見る限りでは尾根は複雑に入り組んでいて間違わないようにしなければなりません。
そして目指す烏帽子岩の手前が見たこともないくらい等高線が狭まって書かれており、厳しいということが簡単に予測することができます。
この等高線が細くなった要注意ヶ所は以前から何度もこの付近を訪れた時に遠くから眺めておりますが奇岩が並んでいて通過できるかどうか行ってみなければ分からないところでもあります。
先週、鷹ノ巣山側から眺めてみた時も通過できるか判断ができませんでしたが、鷲ヶ巣山側から見ても同様で、やはり行ってみなければ分かりません。
もしかしたら烏帽子岩に辿り着く前に烏帽子岩以上に通過困難な場所となる可能性もあります。
そんなことを考えながら進んでいき徐々にその岩峰群が近づいてきますが、その前に複雑に入り組んだ尾根は静かなブナに囲まれ、目の前には朝日連峰の山々が手に取るように間近に見え、思いがけない桃源郷がそこにはありました。
人間がここを訪れたのはいつぶりだろう?おそらく何十年も人は入り込んでいないのではないでしょうか、まさに秘境中の秘境!
「ここでテントを張って泊まりたい」そんな欲求にかられながらも先を急ぎました。
しかし桃源郷を過ぎるあたりから目の前には雪が割れ怖ろしい形状をなした尾根が行く手を阻み、その先にはあの奇怪な形をした岩峰連なる尾根が、そしてその先にようやく一際異常に聳える烏帽子岩が見えます。
細い尾根上に不自然に乗っかった頭デッカチな大きな岩はまるで尾根からにょきにょきと生えている巨大なキノコのような様相をしており、その特異な形状はこの尾根の中でも特に目立っております。
あそこまで行くのにはまだまだ時間がかかりそう、日没までの到着はまったく無理そうです。
それに明日は天気が崩れるということで早めに下山しなければなりません。
なにしろ帰りももちろん通常ルートではないのですから、あんなところは雨で濡れたら通りたくありません。
残念ですが無理しないで、少し時間は早いですが今回はここで諦めることにしました。
そして担いできたロープを木に縛り付け、テント場を求めてさっきの桃源郷へと引き返しました。
桃源郷でテントを張るとそこは心安らぐ快適なところでした。
夕刻には夕陽に染まる朝日連峰や光兎山、頭布山、シラブ峰からもうひとつの烏帽子岩へと続く女川山塊の峰々、さらにその奥に大きく聳える飯豊連峰。
そして日本海に沈みゆく夕陽と鷲ヶ巣山。
昨日から吹き荒れていた風も夜のはじめのうちだけで、静かになった空には星が輝いておりました。
翌朝、昨日とうって変わって空には黒い雲があり、徐々にその密度は増していきます。
雨雲にせかされるように早々に退散し、下りきって小揚川を渡渉している時にポツリとあたり始めましたが、濡れることもなく林道を歩き終え、無事に下山することが出来ました。
今回は一泊の行程でも近寄ることすらできなかった三面烏帽子岩でした。
原因として鷲ヶ巣山まであまりにも時間がかかりすぎてしまったことが挙げられます。
次回は通常ルートから鷲ヶ巣山に登るか、あるいは2泊で向かうかしなければならないようです。
なかなか思うようにいかないこれらの山域に、私はまだまだ春先を中心に足を踏み入れる機会が多く有りそうです。
佳境に入った登山ブーム、秘境と呼ばれるところに多くの人が入るようになってきました。
この女川山塊も頭布山あたりが脚光を浴びて人が多く出入りし始めているようです。
鷲ヶ巣山から貂戻岩、頭布山へと続く秘境の峰々、これら山域は脚光を浴びることなくいつまで秘境であることを強く願っております。