十字峡周辺の山々その4 下津川山
10月18日
テレビの話題になりますが、なんでも田中陽希という人が日本全国の山々を巡り歩いているそうで、先日は東北から新潟県辺りの山々を巡った記録が放映されておりました。
登山道は歩かなければなりませんが、何も交通機関が発達した今の時代に道中すべて歩かなくてもいいのにと思っておりました。
しかもトレランみたいにただ急ぎ足で山を往復するだけなのだろうと思い、まったく興味がなかったのですが、実際に見てみるとその土地の美味しい食べ物に触れたり、時には山麓の風習などにまで触れる場面などもあって、意外に面白いと思いました。
しかも田中陽希氏の髪型はとても素敵であり、私は大変に好感を持ってしまったのでありました。
それはそれでいいのですが、ただ困ったことにその放送があって以降「二王子岳田中」とか「御神楽岳田中」といった文言を検索して私のホームページを訪ねてこられる方が非常に多くなっております。
確かに姓は同じ田中で、髪型もあれに近いものがありますが・・・。(量的には私の方がまだ少し多い)
まあ、まさか勘違いされてHPを訪れている方はいないとは思いますが、念のためまったくの別人ですので・・・。
そもそもNHKに出ているような方がこんな馬鹿なホームページなど作って、変な山に登って、こんなくだらないことを書くようなことはしないですよね。
さて話は本題に移ります。
秋も深まり木々に翳りが見えるようになると、ようやく私の心は登山道と言った概念から解放されるようになります。
山々を彩るものが日に日に落ちて行き、すっかり寂しくなってしまった峰々は冬を迎える準備を整え、静寂へと移り変わって行きます。
どこか寂しくて悲しい、ひっそりと冬を待っているそんな哀愁漂う晩秋の山々を訪れるのが私はとても好きです。
今回は久しぶりの十字峡シリーズの山行記録でありますが、相変わらずこの奥利根の山々には今回も大変に苦労させられてきました。
十字峡という地名は日本のいたるところにあるようですが、川と川が交わったところをさす地名のようです。
この十字峡シリーズの十字峡とは新潟魚沼の越後三山山麓にある十字峡で、ここには中ノ岳登山口をはじめとし、丹後山、本谷山の登山口が集まっているところです。
公式な登山道は有りませんがネコブ山といった有名な名山もここから比較的容易に登ることができます。
ネコブ山の場合は稜線から外れているので逆に不遇の山としてスポットがあてられているように思いますが、やはり越後三山から巻機山を結んだ山々の中では下津川山の山容が一際大きく目立ちます。
ネコブ山を一段下に従えたその端正なピラミッド型は明らかにこの区間の盟主であり、山好きであれば一度は登ってみたいと思うに違いない山であろうと思います。
しかし下津川山は残雪期にネコブ山経由ルートであればそれほど難しくもなく、無積雪期でも本谷山からはそれほど大変なものではないので、いつか登ろうと思っていたものの私としてはもう少し手強い越後沢山の方ばかりに目を向けてしまい、下津川山にはなかなか目が向くことはありませんでした。
この十字峡ではメインとなる中ノ岳や丹後山などはまだ人が多く入山していることでしょうし、越後沢山の藪はこの時期だと手強すぎる。
それなら本谷山から下津川山に行ってみようと考え、足を運ぶことにしました。
この付近は奥利根源流の山々ということで、すべての山名は沢からとられているようです。
利根川は首都圏の古来からの水瓶であり、この山域に降り注がれた雨や雪は草木や動植物と言った生命を育んで、山麓に暮らす人々に恵みをもたらし、やがては首都圏に住む人たちへも潤いが行きわたっていきます。
山名が川からきているということは、通常ありがちな山を神として崇めたというものではなく、首都圏の人たちにとってはかつてから山よりも利根川が人の生活に深くかかわっているということがよく分かります。
その利根川の源流域に聳える下津川山ですが、越後沢や本谷沢、あるいはすぐ横に聳える小沢岳の由来となっている小沢はすべて利根川の支流なのですが、下津川だけは日本海にそそぐ三国川の支流であり、由一新潟県側の川から山名をとった下津川山は新潟県にゆかりの深い山なのではないかと思います。
津あるいは津川とは船着き場があったところを言うのだそうですが、下津川のどこかに木地師などが木材などを運び出すための船着き場があったのではないかと思われます。
登山口である十字峡に着くと、やはり思った通り多くの登山者が準備をしていて、派手な服装の若者の姿も見られます。
彼らは中ノ岳に登るのでしょうけれど、そんな中に混じって一緒に中ノ岳に登る気になどとてもなれません。
私はそんな群衆を後目に林道ヒキガエルラインに向かって歩きました。
この林道ヒキガエルラインは以前の十字峡周辺の山々の中で書いておりますが、6月頃になるとヒキガエルで埋め尽くされる林道です。
6月の産卵の時期になると林道のあちらこちらでヒキガエルがゲロゲロと鳴いており、誰かが具合が悪くなり、もどしているのではと勘違いしてしまいます。
そんなことからこの林道を僭越ながら私がヒキガエルラインと命名させていただきました。
この季節、ヒキガエルも冬眠の準備に入り、すっかり寂しくなった林道を急ぎ足で歩きます、草木ばかりでなく生き物も着々と冬の準備を進めています。
今日は陽が落ちるのが早いので急がなければなりません。
しかし越後三山界隈は飯豊などに比べると山深さはありませんが、体力的には同等と思えるほど大変に厳しい山域です。
その一角である本谷山に登ることはかなりの労力と時間が必要です。
そこに下津川山登頂を加えるのですから時間的に厳しいということは十分に承知した上での山行計画でした。
まずは本谷山の山頂手前にある小穂口ノ頭というところを目指します、なかなかの急登で大変に疲れましたが、クリタケ等を採取して気を紛らわしながら何とか本谷山と下津川山の分岐である小穂口ノ頭に到着しました。
ここは盛期の頃になると足の置場に困るほど花々が咲き乱れるところです。
ここから下津川山を往復しますが本谷山には行きません。
まずは背丈ほどのある笹薮の中を下って行きますが、今は下りなので楽に進むことが出来ます、しかし帰りのことを考えるととてもうんざりしながら斜面を下って行きました。
しばらく下ると小さい灌木が混じるようになります。
群馬県側はスパッと切れ落ち、藪を避けて絶壁スレスレに歩いていきます。
しばらく一気に急斜面を下りきると、藪は薄くなり比較的歩きやすくなってきます。
いくつもの登り下りを繰り返しながら徐々に高度を上げていき最後の急な登りは再び背丈ほどの笹薮を漕ぐようになり、喘ぎながらようやく笹に覆われた下津川山の山頂へと出ることができました。
小穂口ノ頭から下津川山間は最初と最後だけが大変な灌木混りの笹薮となっていて、鞍部の区間は比較的歩きやすい藪でありました。
ただ草付といった場所がなく痩せた岩場が2カ所ほどあったのみで、ほとんど腰を掛けて休憩できるような場所はありませんでした。
笹と灌木で覆われた小広い山頂は、静かな山の醍醐味を思う存分感じることができます。
目に映るものすべて山また山、聞こえるのは風の音のみ、あとは何もありません。
そんな自然の大地に身を委ねると、疲れがどっと沸いてきます。
動きたくないのですが、時間がありません。
ここまで来るのにほとんど休みなしで7時間半も要しました、帰りは6時間以上かかると思います。
最後はヘッデンで歩くことを覚悟でここまで来ました。
本来ならヘッデンは緊急時に使用する物であり、ヘッデンありきの山行はあってはならないことです。
再び長い笹と灌木の藪へと身を投じますが、すでに疲弊した足腰にムチ打ってもがき苦しみながらようやく登山道と合流しました。
そして最後の30分程はヘッデンの灯りを頼りに林道ヒキガエルラインまで下山しました。
そして林道を小1時間程歩き、無事に車へと戻ることができました。
今回の歩行時間は林道歩きも入れて十字峡から往復14時間。
歩行時間が12時間くらいまでならよくあることですが14時間ともなるとなかなかありません。
どうりで疲れた訳です、最後の方は解けた靴ひもを直すことが困難だったほど体は疲労しており、林道まで辿り着いた時は疲れのためあやうくゲロゲロともどしてしまうのではないかと思うほどでした。
再びテレビの話題になりますが、長時間歩き続けるということはとても大変で、あの一筆書きの人は毎日歩いているのだから確かに凄いなと思います。
ただ山は早く歩けば良いというものではありません、ゆっくり歩いて山を楽しむ歩き方の方が素晴らしい山歩きをしているのではないかと私は思います。
一筆書きではナレーションの人が何時間で登頂したとかコースタイムの半分で登頂とか必ず言うようですが、時間なんてそんなのどうでもいいことだと思います、その人がどれだけ山を楽しめたかが重要であると思います。
あの番組は面白いのですがそこが良くないところだと思いました。
またテレビの都合ということもあってか天候に関係なく登っています。
天気の悪い日は景色が見えないなどといった他に、いろいろと遭難事例を調べても8割から9割の遭難事故が悪天候時に発生しているようです。
良く考えてみたら彼のやっていることは悪い登山のお手本のようにさえ思えてきました。
でも仕事として山に登っているのだから仕方がないのでしょうね。
私も仕事で山に行く機会がたびたびありますが、そんな時はまったくといっていいほど楽しむことはできません。
その番組内では飯豊のエブリ差岳や朝日の以東岳も200名山と言うことで訪れている場面が放映されておりましたが、狐穴小屋のあだっつぁんがいっぱい映っていたし、頼母木小屋の若林さんもそうめんを御馳走しているところが映っていて、知り合いが映っていると何だか嬉しくなるのと同時に少し羨ましくなりました。
山頂では多くの人たちに出迎えられておりますが、彼を励ます目的ではなく、彼を一目見たいといったギャラリーがほとんどのような気がします。
疲れているだろうに愛敬を振りまかなければならないでしょうし、何だか可愛そうになってきます。
一筆書きシリーズはまさか300名山はやらないでしょうけれど、それよりも今度は登山道の無い名山といったようなマニア向けの山の一筆書きなんて企画、やらないものでしょうかね。
下津川山など凄く良いと思いますけどねえ。
登山道のないところでしたら山頂で待っている人もあまりいないでしょう。
でも私なら万障繰り合わせて山頂でお待ちしていたいと思いますがね・・・。