飯豊山小屋修繕
二王子岳編
新潟県の下越地方の山々は上中越の山々と比べると高峰が少なく、さらに観光開発されているようなところがなく、いわゆる素朴な藪山の低山が多くひしめいている、といったイメージがありますがどうでしょう。
藪山と言ってもちゃんと登山道は付けられているし、定期的な管理もされております、ただ必要以上に快適な登山道ということでなく、標識類もかなり少なめで、言い方は悪いですけど場所によってはちょっと荒れ気味の登山道といった感じでしょうか。
他県の山に登ると越後三山などの中越方面の山々でさえ人の手があまり入っていない素朴な山々がひしめいているように感じられますが、下越地区の山々はそれ以上に思えます。
低山とはいっても登山口の標高が低く、楽に登れるような里山というものでもありません。
そんな観光地化していない非常に山らしい山が多く聳えている下越地区を代表する山のひとつに二王子岳があります。
飯豊前衛の山として新潟市内からも大きく君臨しているように見える姿はとても印象的です。
二王子岳は下越山岳会の会員でもある地元の須藤さんの情熱と強い思い入れによって非常に良く整備された山で、その整備の方法がこれまた素晴らしく、現地の倒木等を使用して手作りでの自然状態が保持されており、他の山域のようなこれ見よがしな看板や頑丈で広いアスファルト道路並みの登山道と違い、自然な趣のある登山道といった感じがします。
お蔭で非常に歩きやすく、初心者でも安心して入山できるところであります。
私自身、県内外のいろいろな山を登っておりますが、こんなに感じの良い登山道は他に類を見ません。
それに加えて新潟市や新発田市から非常に近く、手軽に入山できるということから新潟県内ではトップクラスの入山者数を誇っているようです。
そんな二王子岳なのでせめて山頂小屋の傷んだところは修理してほしいとの声も多くあがっており、特に窓ガラスが壊れ欠落までしている箇所があるということでした。
それら小屋を視察するために最初に向かったのは去年の秋ごろのこと、視察メンバーは県庁の職員と新発田市役所の職員と地元山岳会を代表して下越山岳会の会長である佐久間さんと業者の私、そして二王子岳ではこの人を外すわけにいかない須藤さん。
皆さんで視察し、小屋の損傷個所を確認して、第一回目の二王子岳工事登山は終了しました。
そして予算計上や打ち合わせを何度も重ね、今年に入っていよいよ山頂小屋の窓ガラスを修理することになりました。
しかし残念なのは予算の都合により5ヶ所ある窓ガラスのうち一番破損が激しい北側の窓3ヶ所分しか修理することができませんでした。
機械器具類は全部合わせると300kg近くになるので荷物はヘリで輸送することになりました。
しかし二王子岳は飯豊と違ってヘリが着陸できる場所がないそうで、人間は徒歩で行くしかありませんでした。
私一人ならなんとでもなるのですが、職人さんはある程度山慣れている人を連れていくしかありません。
しかしいくら登山ブームといはいえ山に登れるような職人さんを探すのは大変なことです、そこで御西小屋を修理してくれた職人さんに作業を依頼して、何とか作業人員を確保することができました。
作業は梅雨の最中、何とか晴れ間を見つけ一泊して終わらせました。
二王子岳の山頂小屋に泊まることは滅多にありません。
夜、外に出てみると新発田市の夜景がとても綺麗でした、これは飯豊から見る新潟市の夜景を遥かに凌ぐ美しさです、それだけ新発田市街に近いということなのでしょう。
私が夜景に見とれているとき、ふと気が付くと職人さんも夜景を眺めておりました。あの綺麗な夜景は怖い出で立ちの職人さんには少し似合わない感しがし、違和感を抱きながら二王子の夜は更けていきました。
次の日、ヘリで下げる荷物を梱包して我々は下山を始めます。
途中、ヤマカカシが2匹ほどにょろにょろとしております、それを見た職人さんは「キャッ」と叫んだと思うと、恐れおののき猛スピードで逃げて行きます。
これまた凄い違和感を抱いてしまいました。
ちなみに私はゴキブリを見ると100mを8秒で走って逃げていきます。
それから二日後、その日は朝からどんより曇り空、山には雲がかかっております。
夕方になって雲が晴れてきたので、荷下げのために私一人で二王子岳に向かいました、歩き始めは午後4時です。
8合目から先ははまだガスっており、山頂でガスが晴れるのを待っていたら夕方6時半になってしまいました。
6時45分、待ちわびたヘリが飛び、日没間際になってようやく荷下げをすることができました。
作業が終わり薄暗くなる頃、二王子岳山頂から雲が切れ切れになってきた飯豊を眺めると、そこには重畳とした森と山並みが続いております。
日本海側は夕日に赤く染まり、そして華やかになっていく新発田市街。
私自身、二王子岳の評価は低く、何度登ってもこの山の良さは分からず、今回もやはり「なんでこんな山、人気があるのだろう?」そんなことを思いながら作業に訪れておりました。
ただあの必要以上に整備されてなく、山々のいたるところに感じる原始の香り、そして飯豊へと続く深い森に閉ざされた山々とふるさと新発田の壮大な夜景。
いつきても人で賑わう二王子岳も、夕刻に一人。こんな時くらいは少しだけ山の良さを感じることができるようでした。
夜の山道はヘッドランプの明かりのを追いながらの下山となります、周囲はまったく見えず、どこにいるのか皆目見当がつきません。
足元しか見えないということは疲れが倍増します、人によって夏場は暑いからという理由で夜間に歩き、山頂で夜明けを迎えるというスタイルの登山をすることがあるようですが、やはり基本は太陽の明るさがあるときに歩かなければならないものだと思っております。
足元しか見えず、どこにいるか分かりにくいということはとても疲れるということもありますが、転倒しやすく場合によっては道迷いまで引き起こすことだって考えられます。
それから一番怖いのはやはりお化けです、夜の山中には何が出てくるか分かりません、幽霊、妖怪、山姥、狐や狸、むじななど、あるいは峠には山賊。
怖いので早く歩こうにも暗くて危険、しかし二王子岳に関して登山道は須藤さんの整備のお蔭で分かりやすく、安全に早めに下山することが出来ました、下山時刻は夜9時近くでした。
二王子岳は登山者が多く、非常に人気の高い山であります。
しかし山頂には築40年を過ぎ、みすぼらしい姿の小さな山小屋が一棟あるのみです。
主に日帰りの山なので、小屋自体は小さくてもそれほど苦になっていなようですが、やはりあまりにも古くなっていて壁内部の損傷は激しいものでした、あとどれくらいもつものなのか?今回の工事で壁の内部を見た私の見立てではほとんど寿命の状態でありました、おそらくそう長くは使えないと思われます。
もうあそこまで傷んでいるのなら修理するより建て替えた方がいいくらいだと思います。
それからトイレがないことが登山者から多く苦情がくるようです。
これらについて何度も話題になるのですが、トイレを作っても管理できる人がいません、小屋を直しても維持してくれる人がいないのです。
門内小屋や頼母木小屋のバイオトイレはまだ新しいにもかかわらず頻繁に壊れておりますし、消耗品や交換品も多く有り、それらにかかる費用は莫大なものです。
そんな状況下で、もし二王子岳にトイレを建てたとしてもそれらを維持していくための予算の計上も無理なことは明白ですし、管理する人を見つけるのは至難の業です。
須藤さんのような方もおられますが、小屋やトイレの維持管理まではまったく手が届くものでないでしょう。
少し話が変わりますが、つい先日あった話で、門内小屋と頼母木小屋にアスベストが使われている疑いがあるということで県庁の職員が機材を担いで視察に行こうとしたことがありました。
結局、アスベストは使われていないということでその視察は中止になりましたが、もしアスベストが含有していたら山小屋は使用禁止になっていたことでしょう。
まあそれはいいのですが、視察で機材を背負っていく人がいなかったようで、周囲のいろいろな人が県庁の職員に「田中に行ってもらえば大丈夫」と知恵を授けたようで、どうしても私に同行してほしいとの依頼がありました。
それから先日は関川村から「登山道の草刈をしてくれる人がいないのでお願いできないか?」との問い合わせがあり、良く話を聞いてみると「田中に頼めば大丈夫」と周囲のいろいろな人から知恵を授かったということでした。
山関係の作業があるとほとんど私のところに依頼がくるのはそれだけ作業をする人がいないということです。
山で作業をしたり管理する人がいないのに登山者は増える一方です。
各自治体は山小屋の管理人さんを確保するのに四苦八苦しているようですし、登山道の草刈をする人も年々減っているようで、おそらくこの先のことを考えると山小屋の管理作業はまだしも、登山道の草刈はできなくなり、しまいに荒れて廃道になるところが多数出てくることが考えられます。
二王子岳山頂で一人の登山者が作業中の私に「登山道の草刈をもっと綺麗にしてほしい」と言ってくる人がいました。「刈った草を登山道に放置していると滑って困る」と言うのです。
さらにその人は「飯豊の山小屋に泊まったらお金をとられた」とか「二王子山頂にトイレをちゃんと作りなさいよ」ということまで言っておられました。
私は一業者でしかありませんので、草刈にしろ宿泊代や山頂のトイレにしろ話すことは何もありませんが、あまりの我がままな言いぶりにはさすがに閉口させられてしまいました。
近年の登山ブームによっていろいろな登山者がおられるようになっているようです。
私の口からあまり言いたくありませんが山を整備することは大変な作業であり下界で作業するようなわけにはいきません。それに予算的にはほとんどが赤字仕事ばかりで、多額な報酬を頂いてやっているものでもありません、本当に好きでなければとてもできないものです。
特にこの二王子岳の登山道を歩いていると須藤さんの苦労がとても偲ばれます。
登山ブーム以前はそんな我がままなことを言う人はいなかったように思います、登山ブームによって多くの入山者が増え、登山形態も多種多様になりつつある昨今、心無い身勝手な登山者までもが増加している状況をとても残念に思えてしまう今日この頃であります。