行先  頭布山(新潟県関川村)

日時  平成2346

 

震災のため、しばらくの期間自粛しておりましたので、ちょっと前に書き溜めておいた山行記録になりますが、掲載してみました。

いきなり最初の登山記録が頭布山なんてとてもマニアックな山になってしまいました。

多分、頭布山といってもほとんどの方には知られていない山かと思われます、登山道は無く、登頂するにはかなり厳しい山になりますが、しかしその分、登頂した時の喜びはひときわ大きなものでした。

ちょっと長文ですが、良かったら読んでみてください。

 

前書き

今年はいつまでも寒い日が続き、春の訪れが遅れているようです。

一生懸命に冬期に登山をし、雪や寒さに体を慣らしておいて、本来ならこれからやっと大好きな飯豊や朝日の残雪期を登れると、気持ちが逸る時期でもありますが、この気象状況では怖くてとても飯豊や朝日には入れません。

そして、そうこうするうちに東日本大震災が発生し、益々山に入りにくい状況になってしまいました。

 

当然のことながら各山岳会は予定していた山行を自粛しておられるようですし、それぞれの個人山行も自粛されているようです。

 

私はといえば、個人的なことで申し訳ありませんが、気象の悪条件に加えて、勤務する会社が経営不振のためリストラや給与カットを行い、母親の入院、交通事故、それから人間関係のすれ違い等があり、おまけにそれらが精神的に作用し、持病の糖尿病まで悪化し入院一歩手前にまで追い込まれてしまい、おまけに気のせいだろうと思いますが昔あれほどたくさんあった髪の毛が心なしかほんの少し薄くなっているような気がして気になってとても登山どころの話ではありませんでした。

そんな折、東日本大震災が起きてしまったのです。

 

それから毎日、テレビでは震災の様子が報道され、そして日に日に明らかになっていく被害状況。不足する燃料、電気、物資。

新発田市にも多くの被災者が避難してきており、身近にも地震の被害を感じるようになりました。

 

持病が悪化して結構な具合の悪さなのですが、山に登る体力は十分にあり、そのもてあましている体力を被災者のために使えないものか、市役所に問い合わせたところ「ボランティアは特に募集しておりませんが、手伝っていただけるのならお願いしたい!」とのことでした。私のようなボランティアの問い合わせが多くあるようで、説明会を開いており、その説明会に参加して登録された方のみボランティアに参加できるということでした。

そこで早速、説明会に出向き、休日のみですが、ボランティアに参加する運びとなりました。

ボランティアの活動内容は援助物資の仕分け、避難所の清掃、食料の配布、その他いろいろあり、活動しながら被災者の皆さんとはたくさん話を交わしたり、聞いたりすることができました。

被災者の皆さんは「放射能から子供を守るために逃げてきた、大人だけならとどまっていたかもしれない。」と口々に言われます。

確かに自分が同じ立場なら、同じような行動をとっていたものと思います。

私にも子供が一人おりますが、ついその子のことを思い出してしまいました。

以前は、当時5歳だった我が子と二人で暮らしておりました。ある日のこと突然お母さんが来て子供を連れて行ってしまうまでは…。

「またお父さんのところに戻っておいでよ!」そう言い残し、子供はお母さんに委ねることとなってしまいました。

その後、私は知り合いの神主を尋ねて子供の成長と健康を願う御札を作ってもらい、毎日手を合わせ(最近はさぼりがちですが。)子供のベッドはそのまま、いつでも戻ってきたら遊べるようにテレビゲームもそのまま、食器棚にはドラえもんのお椀にアンパンマンのスプーンとフォーク。あれから7年の月日がたちました、もう中学生になるというのに…、、私の中では7年前から時間が止まってしまっています。それ以来、私は極力子供たちとの接触を避けるようにしておりました。特に5歳前後と思われる子とは…。

避難所には何も知らない大勢の子供たちが元気にはしゃぎまわっており、燃料が乏しいなか、やっとの思いでここに辿り着き、疲れ果てたお父さん、お母さんにゆっくり休んでもらおうと、久しぶりに子供達の遊び相手をすることにしました。

 

「おじさん折り紙しよう!」私は「お兄さんだろー!」そう言いながら子供たちと折り紙をしていると「兄ちゃん、まぜてくれ。」とおじいちゃん、おばあちゃんが加わり、私は折り紙の先生と呼ばれ子供とお年寄りに大モテでした。

 

折り紙に飽きた頃、「犬の散歩に行くぞ。」と言って子供たちと外へ出ると、淡い日差しが避難所を包み込んでいて、薄っすらと春の香りがするように感じました。「このまま春になってくれればいいのになー。」そう思いながら足元を見ると、しっかりと犬のうんこを踏んでおりました。春の香りと思っていたら、ちょっと違う香りと勘違いをしていたようです。

 

避難所へ行き、被災者を励ますことばかりで自分自身が塞ぎこんでいてもどうにもなりません、確かに今は出かける気にもなれませんし、まして山なんて行こうものなら不謹慎と言われるかもしれませんが、今のままでは気が滅入ってしまい、自分自身が駄目になりそうです。自粛ばかりしていたのではどうしようもない、気分転換という意味でも、久しぶりに山へ出かけることにしました。これって決して不謹慎なことではないですよね?そう考えることにしました。

 

頭布山について

さてさて、やたら前置が長くなってしまいましたが、久しぶりの山はどこに行こうか?

自分の中で頭布山の三文字が即座に思い浮かびました。

もう20年くらい前のことになりますが、当時所属していた山岳会の先輩に「頭布山行かない?隣の光兎山より標高が高いんだよ。」と持ちかけられたことがありました。当時、登山初心者だった私は「何だ、そんなへんてこりんな山は?」とお断りしたことがありました。

その時は断わったものの、それ以来、私の中ではずっと頭布山が気になっていました。

 

日本国内であまり開発されていない、いわゆるデルタ地帯と呼ばれている箇所がいくつかあり、川内山塊や海谷山塊あたりが最も有名なようです。

しかしそんなデルタ地帯ですが、川内山塊の盟主と言われている矢筈岳などは大変に気の毒なことにマイナー12名山のしかもトップに選出されてしまい、これにより一躍有名になり、入山者が激増して、トレースあるいは踏跡が明瞭になり、室谷から魚止山を経て山頂に至るルートなどはしっかりと山頂近くまで踏跡がすでにつけられており、入山箇所やルートの概念がほぼ固定されてしまい、登りやすくなり、以前の秘境といったイメージはすっかり薄れ、デルタ地帯とは言い難い状況になってきているものと思います。

すでに川内山塊は一般登山者の領域になりつつあるのではないでしょうか。

そっとしておいてあげればいいのに…、雑誌に載ったばかりに…、こんなへんぴな山域にまで触手を伸ばし、雑誌社の商魂は恐ろしい。結局は間接的に金儲けのために自然破壊をしているのだ。

 

さて頭布山がある女川山塊に関しては、聖地がどんどんなくなっていく中、比較的小さめな規模のデルタ地帯ということもあってか未だ目には留められておらず、自然の保存状態も良く、大変に安心して?入山できる山域です。

他の入山者はほとんどなく、情報も大変に少ないこの山塊はまず地図を見てどこから入山してどのルートを辿るのかから考えなければなりません。

頭布山とその周辺の地図を見ていると、たくさんのルートや入り方、可能性があり、登山道という固定観念に捉われることなく自分で考えた道のりを辿り、目標を目指すなんて凄く面白いし、楽しいことだと思います。

近くにはシラブ峰や蕨峠、貂戻岩など山形県境尾根が荒々しい山容で連なっており、すぐ隣には立派な鋭鋒の光兎山が聳えておりますが、そんな周辺の峰々を抑えて頭布山は堂々と女川山塊の最高峰に君臨している山で、私にとってはいつしか「へんてこりんな山」から憧れの山へと変貌していったのでした。   

 

頭布山へ

まずは今回のルートですが、おそらく光兎山越えルートが一番無難なルートかと思いますが、いろいろ考えた末、私の知っている限りでは記録がない田麦峠から尾根に取り付き、村上市と関川村の市町村境界尾根を忠実に辿るコースを選んでみました。どのルートを選んでも簡単には登頂できないと思います、このルートも地図を見ただけでも大変に厳しそうで、かなりアップダウンが多くあり、随分と距離もあるルートです。しかし他の人が踏破した記録がないという理由で選びました。

 

4月6日、天気予報は太陽マークがひとつ。私はこの時ばかりと思い、会社に休暇届けを提出し、いよいよ頭布山に挑戦です。

まだ暗いうちに田麦峠に到着し、ちょうどそこには待避所があり車を駐車できます。待避所には田麦峠ウォーキングコースと書かれた看板があります。「もしかして頭布山まではウォーキングコースになっているのかもしれない、もしそうならとんでもない凄まじいウォーキングコースだ!」

明るくなると同時に歩き始め、雪はまだ凍っており、沈むことはありません。出だしは広い尾根で小さなピークからはいくつもの尾根が派生しており、方向が分からなくなります。時間と体力の節約ため間違えないようピークのたびにコンパスで方向を確認して進みました、コンパスを使って進むなんて久しぶりです、それほど複雑に尾根は入り組んでました。

 

しばらくすると堀切という渡渉点に辿り着きます。ここは登山口である田麦峠より50mほど標高が低くなっております。

この堀切とは寛永年間という時代に旧村上藩主が城池用水路を増水するために門前川に藤沢川から水を分水するために人工的に掘った水路ということでしたが、女川水系が水不足になりたいへんなことになるということで、幕府と村上藩の間で藤沢川の水利権をめぐり論争を引き起こしたとされている水路のようです。

この歴史に埋もれた水路は、ここを越えるために急な壁を一旦下り、そして反対側の尾根に取り付くためにまた急な壁を登るといった、このルートのいくつかある難所のうちのひとつです。朝のうちはいいのですが、気温が上がる帰り道では雪崩発生が嫌らしく思えるような箇所です。

 

今までは登ったり下ったりでなかなか高度が上がりませんでしたが、この堀切を越えるとようやく200mほどの登りになり、尾根は徐々に細くなっていき、痩せ尾根の登り下りを繰り返すようになりました。痩せ尾根の足を置きたい場所にはちょうどカモシカの糞がたくさん落ちていて踏みそうになる、今度は踏まない様に慎重に進む、春の香りと勘違いもしません。それでも糞が邪魔で歩きにくい、カモシカは歩きながら糞を垂れ流しているのだろうか?まるで地雷のようです。それとも自然界に足を踏み入れた者に対しての嫌がらせか、洗礼なのか?

そんな状況の中、このコースの最大の難所と思われるとんでもないナイフエッジの通過箇所が待ち受けておりました。氷のエッジの高さ2m、上部の巾5cm、下巾で30cm、その下部も地面は両側ともスパッと切れ落ちており、途中に掴めるような木の枝等は何もなく、まさに氷の綱渡り状態といった感じで、こんなナイフエッジ初めてです、本気で真剣に帰ろうかと思いました。

それでも恐る恐る何とかここを突破し、ようやく尾根が広くなり、クレバスに何度もはまりながら714mのコマタ峰で一息つきました。ここから見える頭布山はまだまだ遥か彼方で、気が遠くなります、ただこれからは通過困難な場所はなく、体力勝負となります。

少し藪っぽい急な尾根を雪庇に注意しながら通過し965m峰に到着。この少し先には大峰の池があるのですが当然雪に埋もれておりました。それにしてもこの965m峰から頭布山間は広い尾根で気持ちがいい、秘境の中の楽園です。この広い楽園の景色を楽しみながら、小さなピークを8回も登り下りしながら念願の頭布山頂に立つことができました。

 

山頂からは飯豊連峰と朝日連峰が大きく見え、大変に素晴らしい。朝日連峰の隙間からは月山が見え、そしてすぐ目の前では光兎山を遥拝することができます。

山頂で少し早めの昼食を取ろうと食料の袋を出してみると、昨日食べた鯵の頭の部分が出てきてビックリ、生ゴミが入った袋を持ってきてしまっていたようです。

家を出る時、玄関に食料の入った袋と生ゴミの入った袋を一緒にして置いておいたら、間違って生ゴミの方を持ってきてしまったようです、どうりで重く、少し生臭かったわけです。仕方がないから非常食で腹を満たし、滅多に訪れることの出来ないこの山頂で暫し感慨に浸り、何度も万歳をし、山頂を跡にしました。

帰り道は嫌になるくらい登り返しが多いので、帰り道や下山という感覚で進んではいけないと思いながら、また登るというくらいの気持ちで田麦峠を目指しました、もちろんまた重い生ゴミを背負って…。

 

あとがき

皆さんも是非、頭布山に登ってみてはいかがでしょう、コンパスが必要ですし、ナイフエッジあり渡渉ありで距離もかなり長く、結構な藪にもなりそうですが、とても素敵なところでしたよ。

 

ところで山名に関してですが、普通は頭に被る巾着は漢字で頭巾と書きます。しかし頭布山は頭に被る布と書きます。どうしてだろう?ずっと不思議に思っていました。しかし登頂した時に思ったことですが、家紋で頭布という種がいくつかあり、そのうちのひとつの文様が頭布山の形に似ているように感じました。

飯豊の扇ノ地紙などもそうですが、家紋で地紙という扇形の種の物があって、どうやら家紋が関係しているような山名があるのではと思い、頭布山もその類ではと考えてみました。

 

さて、無事に登頂を果たすことができましたが、ひとつ困ったことが…。

会社には休暇届けを出してまで行った山ですが、それほど入山時期は限られているところでワンチャンスを逃せばまた1年待たなければなりません。

会社には山へ行くという理由では休みにくいので、病院に行くということで休暇届けを出しました。だから日に焼けることは絶対に出来ません。日焼け止めクリームを頻繁に塗りながら歩きました、おかげで顔はまったく日焼けすることはありませんでしたが、下山後に温泉に入った時に案の定、頭頂部が日に焼けてヒリヒリしておりました。

髪の毛が無いということは本当に不便なもので、暑い時は直接陽射しを浴び暑くなり、雪が降れば吹き溜まって凍傷になりやすい、雨が降れば水が溜まりおじぎをするとこぼれる、木の枝等に頭をぶつけてしまった時なども人一倍痛い等々いいことは何一つありません。

 

そして今回も出勤するとあっさりと病院ではなく山へ行って会社を休んだことがばれてしまいました、頭頂部のこんがり焼け色で簡単に判断されてしまいました。

やはりそんな山行の時は日焼け防止と頭頂部保護のため、頭布を被って行かなければならないようです、私の好みはもちろん赤頭布です。

 

コースタイム(その時の状況により大きく変わります、参考になりません。)

田麦峠48分堀切2時間8分コマタ峰1時間6分965m峰45分頭布山41分965m峰1時間5分コマタ峰2時間43分堀切1時間23分田麦峠