谷川連峰 馬蹄縦走

土合~白毛門山~朝日岳~清水峠~蓬峠~茂倉岳~一ノ倉岳~谷川岳~土合

       

1章 闇夜に潜む魔物捕獲作戦

谷川岳周辺の山に関してのことで、数年前にある文献を読んでからずっと気なっていたことがありました。今回はそれを確かめるために魚を捕る網と土のう袋を数枚ほど、それから毛髪を準備し、谷川連峰の馬蹄形といわれている尾根を目指し、土合に向かいました。

毛髪に関しては本来20代の女性の髪の毛が必要でした、しかし当然それは20代の女性の知り合いからか床屋さんからでも頂いて持って行くしかありません。でも、まさか他の人にいきなり「髪の毛ちょうだい」なんて頼もうものなら変態扱いされる可能性があり、それに急に行先をここに決めたこともあり、準備している時間もなく、残念ながら断念することにしました。その代わりどこまで効力があるものか分かりませんが、自分の残り少ない髪の毛を少々カットして持って行くことにしました。それは僅かにしか生えていない部分から採取した、しかも現在でも年々減少の一途を辿っており、いずれは絶えて無くなってしまうかもしれない本当に大変に貴重なものです。もしかしたら20代女性の物より効果が上がるかもしれない、そんな淡い期待というか願いをこめて持参してみました。

 

ちなみに土のう袋とは水害の時などよく自衛隊が袋に土砂を詰めてそれを積上げ、即席で堤防をこしらえますが、その袋のことを土のう袋と言います。ナイロンの繊維で編み上げている土のう袋は丈夫で通気性がよく、用途としてはいろいろあり、大変に便利な物です。

今回はもちろん堤防を作るためではなく、捕獲した獲物を詰めて生かしたまま持ち帰るためといった用途で持参をしました。

 

しかし、それにしても地図をどう眺めてみても私にはこの縦走路は馬蹄形に見えない。なぜこの縦走路は馬蹄形に見立てられているのだろう?こんなありきたりな形をした縦走路なんてどこにもありそうな形状だし…。

誰が最初に言ったのか分かりませんが、とにかく縦走路の途中で人とすれ違う時に「今日はどこからですか?」と聞かれたときに、白毛門から朝日岳経由でそれからどうしたのこうしたのと説明するより「馬蹄縦走です。」の一言で済むのだから、そういった意味では大変に便利でした。

 

2章 うさぎとカメ

馬蹄縦走の出だしは、どのガイドブックを見ても白毛門山までは急登が続くと書いてあります、時たま大袈裟に書いてあるようなガイドブックもありますが、ここは本当に苦しい急登が続いておりました。

途中の岩場でうかつにも足を滑らせ右肘を痛打してしまい、歩いている時に右手が血だらけになっているのに気がつきました。

私自身は今まで山で具合が悪くなったり怪我をするということは皆無でした、20年以上の登山歴の中で出血するような怪我をしたのも記憶がありません、というのは言い訳で、実は絆創膏や包帯などという物を持参して山に登ったことがなかったのです、別に痛むわけでもないし、歩行にはまったく支障がないのですが、ただ寝袋に血を付けたくないことだけ考をえておりました。

長い急坂を登り終えて白毛門山頂に辿り着き一息つきます。山頂から谷川岳が良く見え、馬蹄形の尾根がグルっと見渡せます。これから辿る尾根の先には、手前に笠ヶ岳、その奥に三つの立派なピークが見え、さらにその遥か向こうに平坦な山頂の朝日岳が見えます。朝日岳はまだまだ遠くがっかりさせられてしまいます。

私と同じ縦走路を辿り、蓬ヒュッテか蓬峠のテン場に泊まるという人が数名居られるようです。私の場合はテント持参なので本日は蓬峠のテン場泊まりの予定でおりました。

次から次へとそんな他の登山者を追い越し、蓬峠に早めに着いてサッサと一番良いテン場を確保してしまおうといった考えでおりました。

朝日岳を少し過ぎたジャンクションピークから巻機山方面へ偵察ということも考えていたので、その分早く到着しなければという考えもあり、急いで朝日岳山頂を目指しました。そして思ったより早く、もちろん一番乗りで朝日岳に到着しました。山頂のすぐ裏側には美味しい水が湧き出していて、ちょうどその水場の横には昼寝をするにはピッタリなまるでベッドのような石があり、雨具を枕に横たわると素晴らしく寝心地が良い!追い抜いてきた人たちはまだまだ朝日岳山頂到着には時間が掛かりそうだし、当然のことながら私は寝るに決まっています。「いやー、気持ちがいい!」伏流水の流れる音色は子守唄。そんな朝日岳の広い草原で私は簡単に夢の中へと導かれていきましたzzzzzz。

 

「うーん、泥のようによく寝てしまったー」、目が覚めて時計を見ると1時間半も寝ていたことにビックリ!山頂に集う大勢の登山者も、皆さんすっかり通過したあとのようで、シーンと静まりかえる朝日岳の山頂は閑古鳥が鳴いている。「ありゃ、失敗。いつものことだ、まあいいや気にしない気にしない。」

 

朝日岳から少し先のジャンクションピークから巻機山方向に入ってみました、するとどこまでも踏み跡があるではないですか。巻機山から丹後山の区間はすっかり踏み跡が無くなっているのに朝日岳から巻機山間の踏み跡は健在でした。少し笹が被って歩きにくさもありますが、これなら十分に行けそうです、水場と車の問題が無ければこのまま巻機山まで行きたいくらいに思いました。しばらく越後烏帽子山へ向かい、完全な踏み跡を確認してジャンクションピークへと戻りました。この区間は今後要検討、楽しみです。

 

ジャンクションピークへ戻ると一人の女性登山者と出くわしました、今日は蓬ヒュッテで宿泊とのことでしたが、白毛門の登りで足が攣って思うように歩けずに遅れてしまったそうです。

余計なおせっかいと思いましたが、ほおっておくわけにもいかず、心配なので一緒に歩くことにしました。しばらくの間、私が先導して歩いていましたが、どうしても知らず知らずのうちにペースが早くなってしまい、かえって彼女のペースを乱しているような気がします。足の方は大丈夫なようですし清水峠の少し手前で先に行かせてもらうことにしました。

 

昼寝をしたものだから体が軽くなり、かなり飛ばして歩いていると、一人また一人と登山者を追い越して行き、またしても一番乗りで蓬峠に到着です。ここから往復30分かけて水を汲みにいかなければなりません。ちょっと休憩してからにしようと思い、蓬ヒュッテにお邪魔してくつろいでいると眠気が差してうつらうつら状態に。しばらくすると追い越してきた人たちが到着してテントを張り始めているようでしたが、私は相変わらずうつらうつら。気が付いた時には一番良さそうなテン場はすっかり埋まっておりました。

 

3章 蓬峠の一夜

テントは適当に張り、早々に晩飯を済ませ、時が来るのを静かに待ちました。

8時半近くになりようやく近くのアベックのテントが寝静まったようで、私はいよいよ今回の最大の目的の行動に移りました。

用意した魚捕獲網と土のう袋、そして髪の毛を持ち、テントから外に出ると月の光が煌々と辺りを照らしております。私はヘッデンなしで土樽方面に向かいます。誰にも気付かれないようにそーっと歩いているとどこかのテントから「え~ん、くそぐらぐらこいたよー」と意味不明の寝言が聞こえてきたときにはギクッとしました。

おおよその見当をつけておいた場所まで行き、用意した髪の毛に火を付け燻す作業を始めます。

やがて髪の毛が燃え、煙が立ち込める中、私は茂みに身を潜め、息を殺しながら網を片手にひたすらやつが現れるのを待ちました。「やつを捕まえたら広口の瓶が必要だな。でもそんなちょうどいい瓶あるだろうか?焼酎は無難に25度にしてみよう。」とか「やつは果たして毒があるのだろうか?もし咬まれたらどうしよう。」など、そんなこと考えながら、やつが現れるのを待ちました。

懸命な皆さんはもうすでにお気づきでしょう、私は今ツチノコを捕まえようとしております。10年くらい前に山本素石さん著書の「幻のつちのこ」という本を読んで以来、ずっと気になっておりました。

その本によると、ツチノコは人間の髪の毛を燻すとその臭いにつられて出てくるということです。ただしツチノコは若い女性が大好きで、20歳代の女性の髪の毛でなければいけないということでした。

それならさしずめ30歳代ならマムシ、40歳代ならヤマカガシ、50歳代ならアオダイショウ、60歳代ならシマヘビが現れるといったところでしょうか?

いやいや、蛇の立場になって考えてみれば、やはりどんな蛇でも若い方がいいに決まっている。これではシマヘビやアオダイショウが可哀そう。でも中には熟女を好む人がいるように、ツチノコだって熟女好きがいるかも知れません。

ところが今回持参した物は40歳代でしかも男性である私の頭髪です、そんなのにつられて出てくるような奇特なツチノコはいるのだろうか?あるいは雌のツチノコならどうだろう?それに冒頭でも書きましたが私の頭髪は希少価値が非常に高く、入手は大変に困難な物です。私はそんな希少価値に期待を寄せておりました。

 

その本には谷川連峰のどこにツチノコが生息しているのか、はっきりとした出現場所を特定するような記述はありませんでしたが、いろいろな条件や地形等を考慮すると、どうやら蓬峠付近なのではないかということは容易に推測されました。

日本全国各地にツチノコの目撃例はありますし、糸魚川では懸賞金まで掛けられているほどです。しかし私にとって目撃例のあるところで一番身近な場所がここの谷川連峰だったのです。

 

さて、ジッと茂みに身を潜めツチノコの出現を待ち続けていると、霧がかかり始めました。霧は白く月光に照らされ、辺りは幻想的な雰囲気に包まれます。私は思わず茂みから飛び出し、霧の奥へ奥へと進んでいきました。

やがて霧の奥から髪の長い色白のこの世の物とは思えないほど大変に美しい女性が現れ、優しく微笑みながら私に手招きをしています。私は導かれるまま女性の元へ、そして女性は静かに私の手を取ると、怪我をしている肘に緑色の包帯を巻いて手当てをしてくれました。そして私の耳元で「貴方はまだ若くて美しい、連れて行くわけには行きません。」そう囁くと足音をたてずに霧の奥へと消えて行きました。

 

「おはようございます。まだお休みですか?」ハッと目が覚めると私はテントの中で寝袋を蹴り、腹を出して眠っておりました。

慌ててテントから顔を出すと、隣にテントを張っていた人が「皆さん、もう出発しましたよ。」と言っている。キョロキョロ見回すと、確かにあれほどあったテントはすっかりない。

「私はゆっくり朝食を食べてから出発します。気をつけてお先に行ってください。」我に帰った私はそう言うと、昨日のことは夢だったことに気が付きました。

「やれやれ、なんだか疲れた。」そう思いながら怪我をした右肘に手を当てると笹の葉っぱが巻かれており、それが緑色の包帯のように見えます。いつの間にか誰かが手当てしてくれているようでした。

 

4章 夢と現実の狭間

昨日の夢の中で立ち込めていた霧が今朝になっても晴れず、視界は10mくらいしかない中でトボトボと谷川岳を目指しました。

谷川岳のオキノ耳に着くと、それまで静かだったのが、とんでもない人でごったがえしております。そんな人ごみの中で山頂の傍らに座り、昨夜のことをボーっと考えておりました。「あの髪が長くて色の白い綺麗な女性はなんだったのだろう?すべてはきっと夢だったに違いない。」

山頂では関西弁のおばさんが山ガールと言われておじさん達にちやほやされています。「山ガール!?」、「いや違うよなー、山ガールねえ…、ん!分かったぞ!昨夜の人は山姥だったんだ!」、「昨夜は危うく山姥に連れて行かれて食われそうになったようだ。」私はその時、そんなことを考えながら関西弁のおばさんのすぐ横で「おおっ山姥だ!」と大きな声で言ってしまったものだからさあ大変!おじさん達は爆笑し、おばさんには笹の葉で手当てをしている肘をパチンと叩かれ、私はようやく目を覚まさせていただくことになりました。

 

下山は巌剛新道か西黒尾根にしようか迷いましたが、厳冬期に来るための下見として天神尾根を選び、当然そうくれば途中からはロープウェイで下まで降りました。

 

終章

さて今回の登山日記はフィクション、いわゆる作り話がいくつかありました。

山の紀行文ではなく、変な作り話を織り交ぜて書いてしまい、これを読まれている方には妙な私の作り話につき合わせてしまったことについて、まことに申し訳なく思っております、心よりお詫び申し上げます。

 

しかし正直なところ、生真面目な下越山岳会の個人山行報告では絶対に書くことができない文章を自信のHPで書くことができ私個人的にはご満悦でございます、こりゃまたすいません。

 

ただし100パーセント作り話というわけではなく、いくつかのノンフィクションの部分もありますよ。どの部分かはご想像にお任せします。

 

それから最後に、20代の女性の方なら誰でも構いません、髪の毛少し分けてもらえませんか?もしうまくいったら御礼にツチノコの焼酎漬け、差し上げますよ。

 

コースタイム

1日目

土合415朝日岳135清水峠120蓬峠

2日目

蓬峠210茂倉岳040谷川岳オキノ耳110ロープウェイ乗り場