工事前                         床板を剥いだところ

骨組みが完成

床板取付が完成


令和3年9月

二王子岳避難小屋床修繕工事 エブリ差岳避難小屋梯子修繕工事

 

先日、スントの高度計付腕時計が壊れた、何がどうなったのか急に液晶画面がつかなくなってしまい、涙がちょちょ切れた。

高度計付腕時計はどうにもでかくて身に着けていると邪魔で仕方がない、そこでできるだけ小さいものを身に着けるようにしており、それがとうとう壊れてしまった。

現在はどれもが廃盤になっているがスントのxシリーズ、tシリーズあるいはオブザーバーが比較的小さくて、その三種類を使っていたのだが結構壊れるし、ベルトもよく切れる。

特に私の場合は登山道をあまり歩かず、ほとんど藪ばかりを歩いているので他の人に比べたらギアが傷みがちなのかもしれません。

スントは壊れるといった不便さ以外に、ベルトについても代替品が無く、しかも私が愛用していた物は廃盤品ということでパーツの入手が非常に難しく、ネット上で仮にベルトを見つけたとしてもとても高価で手がでないほどです。

そんなこともあって長年使っていたスントから離れることを決心、スント以外のメーカーだと国産が良いと思うのだが、それだとカシオかセイコーになります。

セイコー腕時計の技術は非常に素晴らしいと思うのですが、高度計付といった類のアウトドア腕時計は近年に新規参入したといったイメージで、実績があまり無いので使うには少々の不安があります、それに比べてカシオはG-SHOCKをはじめとしたアウトドア系の時計は得意としているようですし、登山用として発売されているプロトレックはそこそこ評判が良いようなのでプロトレックの中で一番小さいと思われる物を探して購入してみました。

使った感想としてはスントに比べると高度計の精度がもの凄く低く、大幅に狂います。

何がどう違うのか、計測方法等を詳しく調べたからといって狂うものは仕方がない、とにかく歩行時にこまめな高度補正が必要のようです。

あともう一点、スントはxシリーズもtシリーズも100m防水となっておりますが、カシオは30m防水の物がほとんどで(100m仕様の物もあるようですが)、30mも防水があれば大丈夫って思いがちですが私的には案外弱いように感じます、できれば100m防水仕様の物を使いたいのですがこれも無ければ仕方がない。

他のユーザーの話では、カシオは壊れずトラブルが少ないとのことですので、はやくカシオの腕時計に慣れなければならないと思っているところです。

それから余談ですが高度計付腕時計はいつごろから主流になったのか分かりませんが、私が登山を始めた頃はトーメンというメーカーのアナログ高度計しかなく、大型で縦横8㎝から9㎝程度で厚みも5㎝くらいあり、腕に付けることはできず、持ち歩くか首からぶら下げるかしなければなりませんでした。

高度計のメーカーは正確にいうと当時は他にもあったのでしょうし腕時計型の物あったのかもしれませんが、いずれにしてもあまりにも高価でとても買うことができませんでした。

私が20歳の時に給料支給額が7万円でしたが、トーメンの高度計も7000m計測タイプのもので7万円でしたので買えるわけがありません、9000m計測タイプの物ですと確か9万円くらいしたかと思いました。

そういったことで高度計は高嶺の花だったわけですが、ひょんなことからトーメンの新品を手に入れる機会に恵まれました。

トーメンが手元に届いてさっそく使ってみましたが、今思うに驚くほど高精度だったように思います、とにかく狂いませんし僅かに移動しただけでも物凄く正確に針が動き、ポイントでいちいち高度補正の必要もほとんどありませんでした。

現在は小型化され、安価にもなって入手しやすくなった高度計ですが、古いものでも今の物より良いものも多く存在するようです。

スントの腕時計は5台あったうち3台が壊れてしまいました、今後はカシオを積極的に使うことになりますが、厳しい山行時は長い間眠っていたトーメンを引っ張り出して再び持ち歩こうかと考えているところです。

 

道具の話はさておき、私が従事している山小屋修理の話に移ります。

概ねどこの山小屋もそうですが、とにかく気象条件の厳しいところに建てられている場合がほとんどですので劣化や破損が激しく、頻繁な修理が必要となっています。

しかし修理しようにも車で横付けできるわけでなく、資材類はヘリや人力で運搬しなければなりませんので、莫大な労力と予算が必要です。

飯豊周辺に建設された山小屋は新潟県所有の物が多く有り、修理費用はもちろん新潟県の予算で賄っております。

小さな補修は管理人や借り受けている市町村で賄う場合もありますが・・・。

山小屋の工事はやったことのある人でなければ分からないと思いますが、とにかく過酷です。

劣悪な環境、異常な気象条件、すべてが下界から離れた非日常の世界で作業をするわけですから、いくら仕事で山に行けるとはいえ、決して楽しいものではありません。

そんなことからいくら山好きでも仕事となると敬遠する人がほとんどで、作業員確保にも苦労する有様です、というか私自身もできるものならやりたくないと思っている次第です。

今年については予算の都合上、飯豊やその周辺の山小屋工事は無いものと思って安心しきっていたところでした。

ところが事態は急転、確か5月頃だったと思いますが新潟県の山小屋工事担当者から二王子岳の避難小屋の修理をしてほしいと一報が入りました。

「大好きな飯豊ならいいのだが、二王子か・・・。」まあ仕方がない、新発田市からは全面建て替えといった要望書が届いていたようですがそれは予算や期間を考慮すると今からではまったく無理な話、とりあえず早急に修理を要する箇所はどこなのか、まずは二王子岳を長年管理されている須藤さんから聞き取り調査を行い、その後に現地踏査に行くといった手順で今回の工事は幕が開くこととなりました。

二王子岳の避難小屋は調べてみると昭和40年に建設され現在に至っているようですが、他の山小屋に比べて古いわりに経年劣化は少なく、傷みや破損個所も多くは見られません、やはりカマボコ型は丈夫なようで山の気象条件下では威力を発揮するようです。

損傷、破損、経年劣化が激しい小屋は飯豊の門内小屋が一番でしょう、全面建て替えをするのであればそちらが先だと思います。

二王子岳避難小屋も窓は新しく取り換えたばかりですし、他にも確かに傷んでる部分は少々あるのですが、早急に修理が必要な箇所は無いように見えました。

しかし何故か床だけは極端に傷んでいて、かなりボロボロの状態になっております。

どうして床だけこんなに酷いものなのか、現地に行って床をはいでみたところ、床下が無くて土が埋められており、そこに床板が置いてあるだけの状態となっており、木製の床板を土の上に置いておくとすぐに腐れてしまうので、床板が直接土に触れないようにコンクリート板を間に敷き詰めておりました。

二王子岳避難小屋はネズミが多く発生しており、ネズミがいると蛇が増えるわけですが、確かに小屋の周りはヤマカカシだらけです。

これは床下が無く、土で埋もれているので多くのネズミが穴を掘って生息しているのではないかと思いました、そしてそれを狙う蛇が周辺に住み着いているものと推測します。

それに床下が無いことが関係しているか分かりませんが、二王子岳避難小屋はとにかく虫が多く生息しています。特に夏場が酷くて、以前に窓工事の為に8月に泊まった時には夜になると床上はびっしりと蜘蛛に覆われ、ゆっくり寝ることができませんでした。

とにかく、あまりにもずさんな作り方に我々一同は驚かされ、速やかに床の張替えを提案し、年内に工事を実施するということでとんとん拍子に事は進んでいきました。

それに加えて飯豊のエブリ差岳避難小屋の二階出入口用梯子が壊れたということで、二王子岳床修繕工事と抱き合わせでめでたく修理を実施する運びとなりました。

まあ内緒ですがここだけの話、エブリ差岳避難小屋の出入り口付近は風が強くて雪が付かず真冬でも1階から出入りがほぼ可能です、二階出入口用の梯子が使われる機会は無いのではと思われましたが、私個人的にはどうせ工事するなら飯豊に行きたかったので、しかも梯子を取り換えるだけなら2時間もあれば工事は完成します、余った時間はのんびり飯豊を楽しめるということで梯子の修理も実施しようという話になりました。

それから設計、見積もり、工事発注、資材の選定確保、人員の確保といった施工準備などの手順を踏み、一通りの手続きが終わった頃、季節はすでに暑かった夏を通り過ぎ、紅葉に手が届く時期へと移り変わっておりました。

9月22日

いよいよこの日はエブリ差岳避難小屋の梯子修理と二王子岳資材運搬の日です。

私は奥胎内からヘリに搭乗して二王子岳山頂付近を周ってエブリ差岳避難小屋へと降り立ちました。

それにしてもヘリは相変わらず怖かった、地上から離れる時は思いっきり手摺にしがみついておりました、いくら手摺にしがみついても墜落すればまったく意味ありませんが・・・。

ヘリコプターが離陸し、地上から離れるとともに周辺に停められた車や付近の建物は豆粒のようになり、目の前には大きくえぐれた山の襞や沢が近づくとそれがやたらと怖そうに見えます。

パイロットからどこの方向に飛んで行けばいいのか確認を促されますが、おっかないので景色を見ずにいい加減な説明をします、パイロットは少々困惑しながらもGPSを駆使して無事に二王子岳避難小屋上空を一回りしてエブリ差岳避難小屋へと向かい、そして気絶寸前の私はおしっこをちびりそうになりながらどうにかエブリ差岳避難小屋へと下りることができました。

エブリ差岳の山頂には一人の登山者が興味深そうに我々を見ている以外、今日は平日なので他に登山者の姿はありませんでした。

どんよりとした今にも降り出しそうな曇り空の下で壊れた梯子から新たに作り直した梯子へと付け替えます。

我々が作業をしている間に二王子岳避難小屋に資材を運ぶヘリコプターの音が聞こえてきますが、取り外した壊れた梯子を下げるために二王子岳避難小屋の資材運搬を一度中断させてこちらに飛んできてもらいました。

作業時間は1時間程度、すんなりと仕事を終えることができ、あとは下山するのみです。

本来ならゆっくりしていたいところでしたが、雨が降りそうなこともあって早々に下山を開始、取付作業のために持ってきていた小さな脚立を背負子に括り付けての歩行となり、いくら小さいとはいえ頭から大きく飛び出した脚立は木々にあたり非常に歩きにくい思いをしながらどうにか下り切りました。

下山して車に乗り込んだところでぽつりぽつりと雨が落ちてきて、奥胎内ヒュッテでコーラを飲みながら休憩していると土砂降りの大雨となり、間一髪、エブリ差岳避難小屋の梯子付け替え作業は無事に終わり、とりあえずホッと一息つくことができました。

9月27日~30日

二王子岳の山頂周辺は広場が無くてヘリコプターを着陸させることができないので徒歩で山頂小屋を目指します。

メンバーは4人、これから作業のために数日間の宿泊を余儀なくされるわけですが、これがレジャーならルンルン気分といったところ、今回は仕事ということで皆さん元気がありません。

荷物も結構な重量となるので大汗をかきながら、どうにか二王子岳山頂小屋へと到着しましたが、休憩する間もなくすぐに作業にとりかかります。

皆さん一日でも早く下山したいと思うと物凄く一生懸命に働きます。

作業は暗くなるまで休むことなく続き、朝は明るくなると同時に始まりました。

私自身は山小屋の宿泊には慣れているつもりでしたが、やはり仕事なると疲れがまったく違います。

ただ夜になると足元に見える新発田市の大きな夜景がとても綺麗で、それを眺められるのがせめてもの救いでした。

古い床板を撤去して土を掘り、骨組みを作って新しい床を張り付けていきます。

小屋の中といった狭い空間の中で埃が舞い、泥と埃で全員真っ黒になって作業をしております。

幸いなことに天候は晴れの日が続き、絶好の作業日和となって我々の作業を後押ししてくれます。

二王子岳は新潟県内でも有数の人気の山で、平日だというのにいつも登山者で溢れており、作業は職人に任せ、時々気晴らしに飯豊連峰の山並みを眺めながら訪れる登山者と山の話に花を咲かせておりました。

そんなことで私は結構さぼっていたのですが、他の人たちが一生懸命に作業をしてくれたおかげで一週間ほど予定していた作業も4日間で目途が立ちました。

滞在期間中はぐっすり眠れず、埃と泥にまみれ、水場もトイレもない不衛生な中で食事は3食ともカップラーメンやレトルトカレーだけ、最後の方は身体だけでなく精神的にもまいってきていたようです。

そんな中で下越山岳会の渡辺さんが訪れて葡萄とお菓子を差し入れてくれた時は皆さん大喜び、あっという間に食べてしまいました。

その後もナナカマドの赤い実を見ると物凄く美味しそうに見えるようになり、赤い色に染まりかけた灌木の葉ですら焼いて食べたら美味しいだろうと考えるようになりました、たった4日間なのに相当に疲れてしまったようです。

そして最後の仕上げが終わって下山の日がやってきました、辛かった山仕事もようやく終わりです。

重荷を背負いながらも下山する皆さんの足取りは軽いように思いました、下山途中で休憩をしながらタオルで汗を拭うと埃と泥で白いタオルが一瞬で茶色いタオルに変わりました、そういえばよく見ると職人さんたちの顔もすすけた茶色になっています。

無事に下界に下りて一息つく間もなく、三日後に今度は撤去した床材や作業工具類を下ろすために再び私は二王子岳避難小屋に管理人の須藤さんと共に向かいました。

午前8時からヘリが飛んできて荷物を下げる予定でしたが、山頂付近はガスに覆われていてヘリが飛んできません。

このまま待機してガスが晴れるのを待ちますが、パイロットは待ってくれず、福島県の白石まで行って作業してくると言葉を残し飛んで行ってしまいました。

その後ガスが晴れましたが、今度はヘリが来ません、結局夕方16時まで待たされて荷下げが始まりました。

そして16時30分に荷下げが終わり、下山を開始するも登山口に着いたときは日没をとうに過ぎてしまっておりました。

今日は朝5時30分から歩き始めて、下山したのは夜の19時30分、16時間も二王子岳に居たことになります。

そして荷下げが無事に終わって、さらに一週間後、今度は工事の最終検査のために三度、二王子岳避難小屋に向かいました。

今度は検査ということで工事発注者である県庁の職員の方も一緒です。

私はタオルや手ぬぐい、あるいは手袋、他にもギアを入れる袋やポーチ、それに水筒、カップ、食器類等揃えられるものはすべてリラックマグッズの物で揃えて検査に臨みました、県庁の方は何も言いませんでしたが、どう思われたものか気になるところであります。

そして検査も無事に終わり、今後は工事書類作りが始まり、すべて終わるのは1月か2月くらいになる見込みです。

いずれにしても現在の床はすでに綺麗に張替えられ、多くの登山者に使用されている状況です。

私個人的にも数人の方から「床が綺麗になったね」とか「床を張替てくれてありがとう」といったお礼の声を掛けられました。

あれほど酷い状態だった床が真新しく張り替えられた時は工事をした私でさえ非常に気持ちよかったですし、登山者が張り替えた床の上で快適に過ごせるようになったことはとても嬉しく思います。

ただ、ちょっとあまのじゃく的なことを書きますが、実のところ私はこれまで「二王子岳は誰でも日帰りができる山なので避難小屋に宿泊する人なんて滅多にいませんよ、あそこは天気の悪い時に昼食を食べるための小屋です」とうそぶいて積極的に修理を勧めることはありませんでした。

しかし床の張替えを終えてあれから3ヶ月程度の月日が過ぎましたが、二王子岳に泊まりに行く人が急増しているとの噂を聞きつけました。

ネズミも蛇、それからおそらく虫たちは減少することでしょうし、確かにいろいろな面で考えてもとても泊まりやすくなります。

来春以降は多くの登山者が宿泊されることになるかもしれません。

でも二王子岳避難小屋にはトイレがありません、管理する人がいないのでこの先もトイレが作られることはないと思います。

そのことを考えると今後は山頂周辺のし尿問題が浮上してきそうな気がします、ひとつ改善すればまたひとつ問題が浮かび上がる、もし仮にトイレを作ったら登山者がさらに増加して必ずまた他の問題が浮上してくるに違いありません。

結果、登山者が快適に過ごすために山小屋や登山道を改善すればするほど入山者が増加し、最終的にそれが自然破壊に繋がっていくように思えて仕方ありません。

本来、山は不便なものであり、人はその不便な場所に訪れさせてもらって自然を楽しませてもらっているものと思います。

登山ブームによって入山者が増加し、わがままな登山者がより快適を求めるようになった結果、現状は山がどんどん荒れており、山小屋を修理するたびに人からお礼を言われたり、ねぎらいの言葉を掛けてもらえて嬉しい反面、自然が薄れていく光景を目の当たりにして、仕事とは言え果たして自分のやっていることは正しいものなのか、山小屋が壊れるのはただ山が自然を取り戻そうとしているだけ、小屋を修復することは自然の摂理に逆らっているのではないか、私は小屋工事をするたびに自問自答を繰り返す始末となっております。

まだ本決まりではありませんが、来年はこの地域で一番破損と老朽化が進んでいると思われる門内小屋を大掛かりに修理する話が持ち上がっています。

私自身、年に数日ですが門内小屋の管理人を務めさせてもらう機会があり、数ある飯豊連峰の小屋の中でも一番思い入れのある小屋なので、そんな門内小屋を私自身で新しくすることができればそんな嬉しいことはありません。

しかし前述したように山小屋の工事は大変に過酷であり大きなリスクも伴います、また自然の摂理に反するといった葛藤もあります。

私自身、年に数回ではありますが現在の飯豊胎内の会ができる以前から管理人を務めさせてもらい門内小屋には随分と世話になっているので、もし工事が遂行されることになればその恩返しに、これが最後ということで是非とも門内小屋リニューアル工事に関わりたいと思っているところです、そしてそれを最後に山小屋の工事人から身を引きたいと考えております。

でもなー、そう言っても後を継いでくれる人がいないからなー、引退できないかもしれないなー、困ったなー。

誰か山小屋工事に興味のある方いませんか?とても簡単で楽しいですよ。